捨てられ妻の私がエリート御曹司に甘く娶られるまで
行く宛はなかった。いきなり実家に行っては両親が心配する。それに事情を知れば、両親とて私を離婚させるというだろう。
こんな状況なのに、離婚によって周囲にかける迷惑を思うと、自分が早まったことをしたような心地になっていた。
弱い自分の精神が嫌になる。意地も張り通せない。

足は自然と以前来た場所を目指していた。夕焼けの中、電車に乗り、自分がどこを目指しているか気づいて慌てて降りた。だけど足はそこに向かいたがる。少し冷えた空気がノースリーブの腕を冷やした。ローヒールの靴はかかとがへたっている。

気づけば、日はとっぷりと暮れ、私はひとり奏士さんのオフィスの大きなビルの前で立ち止まっていた。
駄目だ。こんなところに来ては。助けてと言わんばかりじゃない。
だけど、ひと目奏士さんに会いたい。声を聞きたいし、大丈夫だよとささやいてほしい。
巻き込まないと決めておきながらひどい矛盾だ。

私は踵を返し、アーバンコンチネンタルホテルを目指すことにした。ひとまず、またラウンジで紅茶を飲もう。そうしてこの先を考えよう。

「里花」

その声は振り向く前にわかった。

「里花、どうした?」

駆け寄ってきて、私の手首を掴んだのは奏士さんだった。

「なんでもないんです。用事のついでに通りかかっただけ」
「その用事というのはなんだ」

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