捨てられ妻の私がエリート御曹司に甘く娶られるまで
「奏士さんの気にすることでは……」

奏士さんの手がぎゅっと私の手首を強く握る。それはまるで抱き締めるような強さだった。困惑する私に奏士さんが低くささやく。

「里花が泣いてるように見えた。俺は力になっちゃ駄目か?」
「奏士さん、私……」

涙が出ないように必死に顔をそむけ、彼の手も外す。しかし、奏士さんは私を逃がすつもりはないようだった。

「おいで。話をしよう」

奏士さんに伴われ、エントランスを抜ける。ビルにはまだ多くの社員がいるようだ。明るく人の行き交うオフィスビルはこの前来たときと雰囲気ががらりと違う。社員が奏士さんに一礼したり挨拶をする。後ろの私のことはなんと思っているだろう。
エレベーターで最上階にあがり、私は三度、彼のオフィスへ入ることとなった。

「里花さん」

オフィスには沙織さんと功輔さんがいる。突然奏士さんに連れられて現れた私の様子に思うところがあったようだ。功輔さんはコーヒーを買ってくると外へ出かけていった。

「沙織はここにいてくれ」

奏士さんはあくまで人妻への配慮でふたりきりを避けようとしてくれる。私も沙織さんに言った。

「すみません。このお部屋にいてくださるだけでいいので」
「もちろん、おふたりの仰せの通りにしますよ。今、功輔が温かい物を用意しますからね」

やがて、功輔さんがコーヒーとサンドイッチを手に戻ってきた。向かいのコーヒーショップのものだ。
そういえば、朝から何も食べていなかったと気付き、勧められるがままにサンドイッチを手に取った。
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