捨てられ妻の私がエリート御曹司に甘く娶られるまで
ああ、そういえばそんなことがあった。潮風を浴びていると、あの晩の幼い私が蘇ってくる。
私は奏士さんを見ずに答えた。

「あの頃私は、恋が叶わなかった女の子はみんな泡になって消えてしまうのだと思っていました。それは人魚だけよって母に言われて、それなら人魚姫は可哀想だって」

だけど幼い私は同時に思ったのだ。大好きな人と一緒にいられないなら、それは死んでしまうのと同じなのではないかしら。人間でも人魚でも、きっとどうしようもなく悲しくて命が絶えてしまうのではないかしら。

「私、あの頃にはもう奏士さんが好きでした」
「うん」

奏士さんが頷く。それから私の手を取り、ぎゅっと握った。

「里花、来週からしばらく、俺はまたアメリカに行く。……ついてこないか?」

私は奏士さんを見上げる。奏士さんの黒曜石のように美しい瞳が私をとらえている。

「行けません」

奏士さんの真心に応えるために、私もまた真剣に答えた。

「離婚したばかりの私が、早々に奏士さんの下へいけば、世間の人はなんと言うでしょう。あなたにあらぬ噂をたてたくない」
「気にしなくていい。いずれは俺の妻になるんだ」
「あなたが好きです。だけど、今は行けません。……私は、やっと自分の意志で歩き始めたばかりだから」

奏士さんの表情が変わった。私は微笑み、大好きな人を見つめる。
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