書いてほしい小説アンケート
○1話シナリオ
【場面 校門・朝】
〈ここか...〉
巡はビル群の中で異彩を放つその大きな建物に目を奪われる。
〈私の夢のスタート地点〉
巡は立派な校門を潜る。
〈今始まる。私のアオハル〉
そのまま中へと着き進んでいく。
【調理実習室】
〈私七草巡はこの春、栄鳳大学付属高校に入学しました。
入学から2週間が経って今は週3ある調理実習がようやく終わったところ〉
小麦粉が入っているケースを確認する。
〈えっ...無いじゃん...〉
小麦粉が残り僅かなことに気付き、先生に声をかける。
巡「あの、すみません」
実習担当の武田先生が疲れきった顔で巡を見る。
武田先生「何?」
巡「あの...小麦粉が無くなってしまったみたいなのですが、どちらに補充しに行けばよろしいですか?」
武田先生「向こうに在庫あるはずだからそこから取って」
巡は言われた通り実習室の隣の小さな物置部屋を覗くが、小麦粉の袋はない。
巡「在庫ないみたいです」
武田先生はため息を1つつく。
武田先生「なら、この階の1番奥の部屋を確認してみて。そこは食品庫だから在庫あるはず。よろしくね」
巡「分かりました」
巡は小麦粉ケースを持って実習室を出る。
【食品庫】
巡「お、あったあった」
巡は小麦粉の入った紙袋を見つける。
小麦粉ケースに移し変える。
巡「よし、これで終わりっと」
小麦粉ケースにしっかり蓋をしたのを確認して出る。
【廊下】
ケースを両腕で抱えながら歩く。
ふと窓の外を見やると、別のコースの人が中庭でお弁当を食べている。
〈お弁当美味しそう...〉
調理実習で食べたはずなのに、巡のお腹はぐ~っと鳴る。
〈これ早く片付けてお弁当食べよ〉
朝から手作りしてきたお弁当を思い浮かべニヤニヤしながら歩いていると、
――ドンッ
巡は誰かとぶつかってしまう。
その衝撃で小麦粉ケースの蓋が取れ、派手に小麦粉が散乱。
ぶつかった男子に降りかかる。
男子「ゲホッゲホッ...」
巡「すみません。大丈夫ですか?」
見るからに大丈夫ではないが、男子はにこっと笑い、巡のメガネに手を伸ばす。
男子「これじゃ見えないですね」
男子はポケットからハンカチを取り出してメガネを拭き、顔にかけ直してくれる。
巡「あ、ありがとうございます」
男子「どういたしまして。では、僕はこれで」
男子は踵を返し、立ち去ろうとする。
巡は慌てて彼の腕を掴む。
巡「あのっ!」
男子「何ですか?」
巡「制服真っ白じゃないですか?!クリーニング代お支払いします!」
男子「いえ、大丈夫です。このくらい自分で」
巡「そういう訳には行きません!。ご迷惑をおかけしたのはこちらなのですから」
男子「本当に大丈夫ですから」
巡は男子の腕を握る手を強くする。
男子は驚いて巡を見つめる。
巡「私、こういうのはちゃんとしたいタイプなんです」
男子「でも...」
渋る男子に巡は自己紹介を始める。
巡「私は栄養士コース1年の七草巡と申します。そちらは?」
男子は降参し、口を開く。
男子「僕は医師コースの1年早坂颯真です。一応生徒会長やってます」
巡「えっ?1年生なのに?」
巡が首を傾げる。颯真は影を落とす。
颯真「色々ありまして」
巡「そうですか。でも、1年で会長なんてすごいですね」
颯真「全然素晴らしいことではありません。僕の場合は...」
巡「えっ?」
最後の方が聞き取れず巡は聞き返すが、颯真はそれ以上話したがらない。
巡はクリーニング代の話に戻す。
巡「あの、それでクリーニング代なのですが、お昼はいつもどちらにいらっしゃいますか?」
颯真「お昼はここの突き当たりにある生徒会室にいます」
食品庫とは正反対の場所に生徒会室があることを巡はここで初めて知る。
巡「では明日生徒会室に参ります。隠れないで出てくださいね」
颯真は微笑みを浮かべる。
颯真「逃げません。七草さんからは逃げられそうにないと分かったので」
巡「何それ?イヤミですか?」
颯真「いえ、決してそういう訳では...」
巡は頬を膨らませる。
巡「とりあえずなんでもいいので居なくなるのだけはナシですよ。約束です」
巡は颯真の目の前に小指をつきだす。
颯真は困惑した表情になる。
巡「指切りです。ほら、早く」
颯真は仕方なく巡の小指に自分の小指を絡める。
巡「これでちゃんと約束を交わしました。では、また明日よろしくお願いします」
颯真「はい。また、明日」
颯真が去っていくのを巡はじっと見つめる。
巡〈なんか、面白い人だったなぁ...〉
颯真もはや歩きをしながら巡の顔を思い出す。
颯真〈強引だけど、真っ直ぐな人だった〉
巡〈きっと...〉
颯真〈たぶん...〉
2人〈何かが起こる〉
2人はこの出逢いに不思議な何かを感じていた。
【寮に向かう途中の道・夕方】
巡を呼ぶ声がする。
巡を呼んでいるのは幼なじみの充希。
充希「巡!」
充希が巡の肩をポンっと叩く。
巡「わっ!ビックリしたぁ」
充希「何そんな驚いてるんだよ?さっきからずっと巡って呼んでたのに全然気づいてなかったのか?」
巡「ごめん。ぼーっとしてて」
充希「もしかしてお疲れ?」
巡はこくりこくりと頷く。
巡「私充希くんほど頭良くないから勉強に付いていくだけでも大変なのに、実習で体力削られるし。ほんとヘロヘロだよ」
充希「ま、でも、巡ならなんとかなる。受験だって結局大丈夫だったじゃん」
巡「充希くんのお陰だよ。最後の最後まで勉強教えてくれてありがとう。充希くんがいなかったらここに来られてない。本当に感謝してもしきれない」
充希「それはそれはどういたしまして」
自然と並んで歩く2人。
充希はちらちらと巡の顔を覗く。
巡「あ、そう言えば今日ね...」
巡は小麦粉事件のことを話す。
巡「早坂颯真くんって充希くん知ってる?」
充希「うん。白衣の王子様とか言われてこっちじゃ有名人だよ」
巡「へぇ、そうなんだ...」
充希「勉強の偏差値もだけど顔面偏差値も高いし、性格も良い。女子の視線を独占してる」
巡〈そんなすごい人に私は小麦粉をぶちまけてしまったんだ...〉
自分がしてしまったことの重大さに気付かされ、巡の全身から血の気が引いていく。
充希「だから、男子からの人気はイマイチだけどな。俺もあんま好きじゃない」
巡〈まぁ、そうなるよね...〉
充希「俺、アイツに絶対勝つ。定期テストで1位取ってやんよ。巡応援してくれる?」
充希はふざけた口調ながらもその表情は真剣そのものだった。
巡は心の底から応援したいと思い、にこりと微笑む。
巡「もちろんだよ!充希くん頑張れ」
充希「ありがと。巡に応援されたら何だって出来る気がする。頑張るな、俺」
巡「体壊さない程度にね」
巡と充希は寮の入り口までそれぞれの授業の話をしながら歩き続ける。
充希「じゃ、またな」
巡「うん、またね」
充希は巡が寮に入るまでぶんぶん手を振って見送る。
【女子寮廊下】
巡が部屋の鍵を開けようとしているところに向かいの部屋に住んでいる生徒が帰ってくる。
巡のクラスメートでコースリーダーを務める設楽清夏である。
巡「設楽さん、お疲れ様です」
清夏「お疲れ様です。そう言えば先ほどご一緒していた方はどちら様ですか?」
巡「えっ?」
巡はぽかんとする。
清夏は呆れたような顔をして巡に迫る。
清夏「男性の方と一緒に帰ってきていましたよね?」
巡〈あぁ...〉
巡「彼は私の幼なじみで医師コースの矢代充希くんです」
清夏「医師コースねぇ...。あなた自分が何コースにいるのか分かってる?」
巡「栄養士コースです」
巡が真面目に答えると清夏はふっと笑う。
清夏「医師と栄養士では学力においても待遇においても天と地の差があるの。病院の地下室でせっせと料理を作る栄養士の気持ちなんて、お偉いお医者様に分かるわけがない。身の丈にあった人と付き合いなさい」
巡「いや、でも...」
清夏「栄養士は医療業界では下の方。それでもワタシたちは患者様のためにお食事を作らなければいけないの。お偉い様に認められなくても病院食はまずいって残されても。その覚悟はあなたにはあるの?」
巡は自分の想いを伝えようと顔を上げ、真っ直ぐ清夏を見つめる。
巡「私にだって覚悟はあります。医者の方が世間的に見て偉いからって医者に100%従おうなんて思っていません」
巡は拳を握りしめる。
巡「私は食べることが好きで、その好きなことで誰かを笑顔に出来たら嬉しいなと思い高校生の段階から専門教育を受けられるこの高校に来ました」
巡は身を乗り出す。
巡「医者よりも栄養に詳しくなって医者に言いくるめられないように、正しいデータに基づいた根拠を提示出来るようにならなければならないと私は思ってます。その先に待遇改善もありますし、医者との信頼関係も築けると信じています。医者だから、栄養士だからと職業で決めつけないでチーム医療を施すことが何より患者様のためになると思います」
巡の熱弁に清夏は内心圧倒される。
イヤミがましく清夏は拍手をする。
清夏「ご立派ね。果たしてその情熱がいつまで続くか見物だわ。ま、お互いに頑張りましょう」
清夏は踵を返し、自分の部屋に戻る。
廊下に取り残された巡はふと考える。
巡〈私はここで何が出来るんだろう?〉
廊下の窓から春風が吹き込み、髪を揺らす。
〈このままじゃいけない〉
顔を上げる。
〈私が変えるんだ〉
巡は改めてここに来た意味を思い出し、決意を固め、ドアノブを回す。
【生徒会長室の前・昼】
巡は左手にクッキーとクリーニング代が入った袋を持っている。
右手でドアをノックする。
巡「七草です。早坂颯真くんいらっしゃいますか?」
颯真「はい。どうぞ」
颯真の声が聞こえ、巡はほっと胸を撫で下ろし、ドアを開ける。
巡「失礼します」
初めて入った生徒会室は綺麗に整頓され、白を貴重とした壁が眩しいと巡は思う。
生徒会室を舐めるように見回していると、窓際の中央に座っている颯真に視線がジャックされる。
巡〈えっ..?!〉
巡はあまりの衝撃に言葉を失う。
颯真「どうしましたか?」
巡〈どうしましたか?じゃないよ!〉
巡は早足で彼の目の前まで行き、机に両手をドンッと乗せた。
巡「これはなんですか?!」
颯真「何って、これがイカスミパスタでこっちは黒豆煮。ちなみにデザートは手作りのオレオチーズケーキで飲み物はタピオカ入りアイスコーヒーです」
ご機嫌に紹介しているが、颯真の口も歯も真っ黒。
白衣の王子様が黒々としている様を見て巡は失神しそうになる。
巡「ど、どうしてこんな真っ黒いものばかり...」
颯真「黒が好きだからです」
巡「白衣の王子様なのに?」
颯真「確かに皆からはそう言われているみたいだけど、僕は基本的に黒い食べ物しか食べないです。黒を見ていると落ち着くので」
巡〈落ち着く?〉
颯真の思考についていけず、巡は困惑して言葉が出なくなる。
ひとまず持ってきたものを渡さねばと脳から指令が入り、巡は颯真に袋を差し出す。
巡「あの、これ...」
颯真は黒い箸を丁寧に置いてから受け取る。
颯真「わざわざありがとうございます。七草さんは親切な方ですね。きっと患者さんに心から寄り添える良い栄養士になれますよ。これからも応援しています」
にこっと微笑んで黒い口から覗くお歯黒を見て、巡の全身からマグマのように感情が湧いてくる。
巡は口を開く。
巡「あのっ!1つ言っても良いですか?」
颯真はその勢いに息を飲む。
こくりと頷く。
巡「こんな生活をしていたら、幸せ舞い込んできませんよ」
颯真「えっ?」
巡は颯真の顔を覗き込む。
巡「真っ黒なものが好きなのは100歩譲って、いや、1000歩譲って良しとしましょう。でもこの炭水化物過多の食事はどうにもこうにも飲み込めません。許しかねますっ!」
巡は颯真の手元にあったメモ帳に三角形を書き、それぞれの点にPFCを打つ。
そして、ペンたてからピンクのマーカーを取り、説明しながらなぞっていく。
巡「早足くんの食事はですね、全てが糖質です。黒豆に多少たんぱく質が入っているかもしれませんが、同じ豆の大豆とは違い糖質優勢です。ということで...こうです!」
巡はマーカーを動かす。
PFCのCが三角形を飛び抜け、PとFは中央で止まったままの歪な図形が出来る。
巡「糖質ばかり取りすぎると糖尿病になるって知ってますよね?」
巡の圧に押されて引き気味の颯真。
颯真「まぁ、もちろん...」
蚊が鳴くような声で応答する。
巡「やっぱり私...許しかねます。こんな食事絶対ダメです」
颯真「いや、でも...」
巡「私、早坂くんのような優秀な方に早死にさしてもらいたくありません。ですので、明日から毎日お弁当を作って持ってきます」
颯真「えっ?」
唖然とする颯真。
意気揚々とする巡。
巡は颯真から袋を奪う。
巡「このクリーニング代は今後のお弁当代に回させてもらいます。あ、それとこれ」
巡は颯真の前にクッキーを置く。
颯真「あの、これは...」
巡「これはおからクッキーです。あなたの好きな色とは程遠い色をしていますが、このほんのりきつね色のクッキーが絶妙なんです。おからと豆乳で作った健康的なクッキーです。今日のお昼ご飯にはたんぱく質が不足しているので、これで少し補って下さい」
颯真「でも、僕は食べられ...」
巡「ますっ!食べられますから」
巡は颯真をキリッと睨み付ける。
颯真は反論出来ない。
巡「では、明日また同じ時間にここに来ます。明日からは一緒にお昼食べましょう。強気な発言ばかりですが、私もそのぉ...ぼっちで寂しいので丁度良いです。お供します」
巡は颯真に小指をつきだす。
颯真は口の回りをティッシュで拭いてから大人しく指を絡める。
巡「指切りげんまん、嘘ついたら針千本の~ますっ!指切った!」
颯真「針の使い道間違えすぎ...」
巡「つべこべ言わない。では、また明日」
巡は颯爽と居なくなる。
颯真は巡が立っていた場所をじっと見つめる。
颯真「すごい人と出会っちゃったなぁ...」
颯真は食欲を無くし、真っ黒の机の上を片付け始める。
残ったのはおからクッキーのみ。
颯真はタピオカコーヒーを右手にスタンバイした状態でおからクッキーを口に入れる。
颯真「あ...美味しい...」
思わず笑みが溢れる。
夢中で食べ進める。
食べながら初めての味に涙を浮かべる。
颯真〈僕は間違っていたのかもしれない...〉
クッキーを口に運ぶ手を止められず、あっという間に残り2枚になる。
〈黒い物を取り込んで自分の心を見えなくしていたんだ...〉
2枚のうちの1枚をかじる。
〈それも全部...あの人のせい〉
最後の1枚をかじる。
その瞬間、漆黒に染まった颯真の心にパリンとヒビが入る。
颯真の運命が動き出す。
【実習室・夕方】
巡は実習室掃除の当番になり、同じ班の男子1人と女子2人とせっせとモップがけをしている。
山田「あたしと加賀さん電車の時間あるから帰っていい?」
巡「あ、うん。いいよ」
巡はヒエラルキー上位層の女子には反論出来ない。
加賀「ごめんね。よろしく~」
ホウキを壁に立て掛け、ドアに向かっていく彼女らに男子が文句を言う。
明日翔「お前らも当番だろ?こういうのは連帯責任だ。ちゃんとやってから帰れ」
明日翔の発言に明らかに不機嫌になる2人。
山田「ってかさぁ、女子2人分くらい京くん働けるでしょ?寮生で家近いんだし、医師コースよりも忙しくないんだから体力有り余ってるよね?このくらいやってくれてもいいんじゃないの?」
明日翔「お前っ!いい加減にしろっ!」
明日翔が飛び掛かろうとする。
巡は咄嗟にモップを彼の足元に引っかける。
明日翔は派手に転ぶ。
2人はゲラゲラと笑いながら去っていく。
明日翔「おいっ!お前っ!何すんだよ?!」
巡は部屋の隅で震えている桃瀬に目配する。
桃瀬は半べそになりながら慌てて出ていく。
巡「一旦落ち着きましょう。こんなことしていても掃除は終われません。さっさとやってしまいましょう」
明日翔「そういうことじゃねぇ!オレが言いたいのは...」
巡は実習で作って残っていた卵焼きを明日翔の口に放り込んだ。
明日翔「うほっ。ほっ...」
巡「あんまりグダグダ言っているとモテなくなりますよ」
明日翔は卵焼きをゴクンと飲み込み、口を開く。
明日翔「お前、名前なんていったっけ?」
巡「七草巡」
明日翔「名前からおもしれえな。気に入った」
巡はふふっと笑った。
巡「一緒に掃除頑張ってくれますか?」
明日翔「面白かったから仕方ねえ。やるよ」
巡〈京くんと初めて話したのはこの日だった〉
〈まさかこの後京くんと関わることで大きく運命が動くことになるとは思ってもいなかった〉
1話終了。
【場面 校門・朝】
〈ここか...〉
巡はビル群の中で異彩を放つその大きな建物に目を奪われる。
〈私の夢のスタート地点〉
巡は立派な校門を潜る。
〈今始まる。私のアオハル〉
そのまま中へと着き進んでいく。
【調理実習室】
〈私七草巡はこの春、栄鳳大学付属高校に入学しました。
入学から2週間が経って今は週3ある調理実習がようやく終わったところ〉
小麦粉が入っているケースを確認する。
〈えっ...無いじゃん...〉
小麦粉が残り僅かなことに気付き、先生に声をかける。
巡「あの、すみません」
実習担当の武田先生が疲れきった顔で巡を見る。
武田先生「何?」
巡「あの...小麦粉が無くなってしまったみたいなのですが、どちらに補充しに行けばよろしいですか?」
武田先生「向こうに在庫あるはずだからそこから取って」
巡は言われた通り実習室の隣の小さな物置部屋を覗くが、小麦粉の袋はない。
巡「在庫ないみたいです」
武田先生はため息を1つつく。
武田先生「なら、この階の1番奥の部屋を確認してみて。そこは食品庫だから在庫あるはず。よろしくね」
巡「分かりました」
巡は小麦粉ケースを持って実習室を出る。
【食品庫】
巡「お、あったあった」
巡は小麦粉の入った紙袋を見つける。
小麦粉ケースに移し変える。
巡「よし、これで終わりっと」
小麦粉ケースにしっかり蓋をしたのを確認して出る。
【廊下】
ケースを両腕で抱えながら歩く。
ふと窓の外を見やると、別のコースの人が中庭でお弁当を食べている。
〈お弁当美味しそう...〉
調理実習で食べたはずなのに、巡のお腹はぐ~っと鳴る。
〈これ早く片付けてお弁当食べよ〉
朝から手作りしてきたお弁当を思い浮かべニヤニヤしながら歩いていると、
――ドンッ
巡は誰かとぶつかってしまう。
その衝撃で小麦粉ケースの蓋が取れ、派手に小麦粉が散乱。
ぶつかった男子に降りかかる。
男子「ゲホッゲホッ...」
巡「すみません。大丈夫ですか?」
見るからに大丈夫ではないが、男子はにこっと笑い、巡のメガネに手を伸ばす。
男子「これじゃ見えないですね」
男子はポケットからハンカチを取り出してメガネを拭き、顔にかけ直してくれる。
巡「あ、ありがとうございます」
男子「どういたしまして。では、僕はこれで」
男子は踵を返し、立ち去ろうとする。
巡は慌てて彼の腕を掴む。
巡「あのっ!」
男子「何ですか?」
巡「制服真っ白じゃないですか?!クリーニング代お支払いします!」
男子「いえ、大丈夫です。このくらい自分で」
巡「そういう訳には行きません!。ご迷惑をおかけしたのはこちらなのですから」
男子「本当に大丈夫ですから」
巡は男子の腕を握る手を強くする。
男子は驚いて巡を見つめる。
巡「私、こういうのはちゃんとしたいタイプなんです」
男子「でも...」
渋る男子に巡は自己紹介を始める。
巡「私は栄養士コース1年の七草巡と申します。そちらは?」
男子は降参し、口を開く。
男子「僕は医師コースの1年早坂颯真です。一応生徒会長やってます」
巡「えっ?1年生なのに?」
巡が首を傾げる。颯真は影を落とす。
颯真「色々ありまして」
巡「そうですか。でも、1年で会長なんてすごいですね」
颯真「全然素晴らしいことではありません。僕の場合は...」
巡「えっ?」
最後の方が聞き取れず巡は聞き返すが、颯真はそれ以上話したがらない。
巡はクリーニング代の話に戻す。
巡「あの、それでクリーニング代なのですが、お昼はいつもどちらにいらっしゃいますか?」
颯真「お昼はここの突き当たりにある生徒会室にいます」
食品庫とは正反対の場所に生徒会室があることを巡はここで初めて知る。
巡「では明日生徒会室に参ります。隠れないで出てくださいね」
颯真は微笑みを浮かべる。
颯真「逃げません。七草さんからは逃げられそうにないと分かったので」
巡「何それ?イヤミですか?」
颯真「いえ、決してそういう訳では...」
巡は頬を膨らませる。
巡「とりあえずなんでもいいので居なくなるのだけはナシですよ。約束です」
巡は颯真の目の前に小指をつきだす。
颯真は困惑した表情になる。
巡「指切りです。ほら、早く」
颯真は仕方なく巡の小指に自分の小指を絡める。
巡「これでちゃんと約束を交わしました。では、また明日よろしくお願いします」
颯真「はい。また、明日」
颯真が去っていくのを巡はじっと見つめる。
巡〈なんか、面白い人だったなぁ...〉
颯真もはや歩きをしながら巡の顔を思い出す。
颯真〈強引だけど、真っ直ぐな人だった〉
巡〈きっと...〉
颯真〈たぶん...〉
2人〈何かが起こる〉
2人はこの出逢いに不思議な何かを感じていた。
【寮に向かう途中の道・夕方】
巡を呼ぶ声がする。
巡を呼んでいるのは幼なじみの充希。
充希「巡!」
充希が巡の肩をポンっと叩く。
巡「わっ!ビックリしたぁ」
充希「何そんな驚いてるんだよ?さっきからずっと巡って呼んでたのに全然気づいてなかったのか?」
巡「ごめん。ぼーっとしてて」
充希「もしかしてお疲れ?」
巡はこくりこくりと頷く。
巡「私充希くんほど頭良くないから勉強に付いていくだけでも大変なのに、実習で体力削られるし。ほんとヘロヘロだよ」
充希「ま、でも、巡ならなんとかなる。受験だって結局大丈夫だったじゃん」
巡「充希くんのお陰だよ。最後の最後まで勉強教えてくれてありがとう。充希くんがいなかったらここに来られてない。本当に感謝してもしきれない」
充希「それはそれはどういたしまして」
自然と並んで歩く2人。
充希はちらちらと巡の顔を覗く。
巡「あ、そう言えば今日ね...」
巡は小麦粉事件のことを話す。
巡「早坂颯真くんって充希くん知ってる?」
充希「うん。白衣の王子様とか言われてこっちじゃ有名人だよ」
巡「へぇ、そうなんだ...」
充希「勉強の偏差値もだけど顔面偏差値も高いし、性格も良い。女子の視線を独占してる」
巡〈そんなすごい人に私は小麦粉をぶちまけてしまったんだ...〉
自分がしてしまったことの重大さに気付かされ、巡の全身から血の気が引いていく。
充希「だから、男子からの人気はイマイチだけどな。俺もあんま好きじゃない」
巡〈まぁ、そうなるよね...〉
充希「俺、アイツに絶対勝つ。定期テストで1位取ってやんよ。巡応援してくれる?」
充希はふざけた口調ながらもその表情は真剣そのものだった。
巡は心の底から応援したいと思い、にこりと微笑む。
巡「もちろんだよ!充希くん頑張れ」
充希「ありがと。巡に応援されたら何だって出来る気がする。頑張るな、俺」
巡「体壊さない程度にね」
巡と充希は寮の入り口までそれぞれの授業の話をしながら歩き続ける。
充希「じゃ、またな」
巡「うん、またね」
充希は巡が寮に入るまでぶんぶん手を振って見送る。
【女子寮廊下】
巡が部屋の鍵を開けようとしているところに向かいの部屋に住んでいる生徒が帰ってくる。
巡のクラスメートでコースリーダーを務める設楽清夏である。
巡「設楽さん、お疲れ様です」
清夏「お疲れ様です。そう言えば先ほどご一緒していた方はどちら様ですか?」
巡「えっ?」
巡はぽかんとする。
清夏は呆れたような顔をして巡に迫る。
清夏「男性の方と一緒に帰ってきていましたよね?」
巡〈あぁ...〉
巡「彼は私の幼なじみで医師コースの矢代充希くんです」
清夏「医師コースねぇ...。あなた自分が何コースにいるのか分かってる?」
巡「栄養士コースです」
巡が真面目に答えると清夏はふっと笑う。
清夏「医師と栄養士では学力においても待遇においても天と地の差があるの。病院の地下室でせっせと料理を作る栄養士の気持ちなんて、お偉いお医者様に分かるわけがない。身の丈にあった人と付き合いなさい」
巡「いや、でも...」
清夏「栄養士は医療業界では下の方。それでもワタシたちは患者様のためにお食事を作らなければいけないの。お偉い様に認められなくても病院食はまずいって残されても。その覚悟はあなたにはあるの?」
巡は自分の想いを伝えようと顔を上げ、真っ直ぐ清夏を見つめる。
巡「私にだって覚悟はあります。医者の方が世間的に見て偉いからって医者に100%従おうなんて思っていません」
巡は拳を握りしめる。
巡「私は食べることが好きで、その好きなことで誰かを笑顔に出来たら嬉しいなと思い高校生の段階から専門教育を受けられるこの高校に来ました」
巡は身を乗り出す。
巡「医者よりも栄養に詳しくなって医者に言いくるめられないように、正しいデータに基づいた根拠を提示出来るようにならなければならないと私は思ってます。その先に待遇改善もありますし、医者との信頼関係も築けると信じています。医者だから、栄養士だからと職業で決めつけないでチーム医療を施すことが何より患者様のためになると思います」
巡の熱弁に清夏は内心圧倒される。
イヤミがましく清夏は拍手をする。
清夏「ご立派ね。果たしてその情熱がいつまで続くか見物だわ。ま、お互いに頑張りましょう」
清夏は踵を返し、自分の部屋に戻る。
廊下に取り残された巡はふと考える。
巡〈私はここで何が出来るんだろう?〉
廊下の窓から春風が吹き込み、髪を揺らす。
〈このままじゃいけない〉
顔を上げる。
〈私が変えるんだ〉
巡は改めてここに来た意味を思い出し、決意を固め、ドアノブを回す。
【生徒会長室の前・昼】
巡は左手にクッキーとクリーニング代が入った袋を持っている。
右手でドアをノックする。
巡「七草です。早坂颯真くんいらっしゃいますか?」
颯真「はい。どうぞ」
颯真の声が聞こえ、巡はほっと胸を撫で下ろし、ドアを開ける。
巡「失礼します」
初めて入った生徒会室は綺麗に整頓され、白を貴重とした壁が眩しいと巡は思う。
生徒会室を舐めるように見回していると、窓際の中央に座っている颯真に視線がジャックされる。
巡〈えっ..?!〉
巡はあまりの衝撃に言葉を失う。
颯真「どうしましたか?」
巡〈どうしましたか?じゃないよ!〉
巡は早足で彼の目の前まで行き、机に両手をドンッと乗せた。
巡「これはなんですか?!」
颯真「何って、これがイカスミパスタでこっちは黒豆煮。ちなみにデザートは手作りのオレオチーズケーキで飲み物はタピオカ入りアイスコーヒーです」
ご機嫌に紹介しているが、颯真の口も歯も真っ黒。
白衣の王子様が黒々としている様を見て巡は失神しそうになる。
巡「ど、どうしてこんな真っ黒いものばかり...」
颯真「黒が好きだからです」
巡「白衣の王子様なのに?」
颯真「確かに皆からはそう言われているみたいだけど、僕は基本的に黒い食べ物しか食べないです。黒を見ていると落ち着くので」
巡〈落ち着く?〉
颯真の思考についていけず、巡は困惑して言葉が出なくなる。
ひとまず持ってきたものを渡さねばと脳から指令が入り、巡は颯真に袋を差し出す。
巡「あの、これ...」
颯真は黒い箸を丁寧に置いてから受け取る。
颯真「わざわざありがとうございます。七草さんは親切な方ですね。きっと患者さんに心から寄り添える良い栄養士になれますよ。これからも応援しています」
にこっと微笑んで黒い口から覗くお歯黒を見て、巡の全身からマグマのように感情が湧いてくる。
巡は口を開く。
巡「あのっ!1つ言っても良いですか?」
颯真はその勢いに息を飲む。
こくりと頷く。
巡「こんな生活をしていたら、幸せ舞い込んできませんよ」
颯真「えっ?」
巡は颯真の顔を覗き込む。
巡「真っ黒なものが好きなのは100歩譲って、いや、1000歩譲って良しとしましょう。でもこの炭水化物過多の食事はどうにもこうにも飲み込めません。許しかねますっ!」
巡は颯真の手元にあったメモ帳に三角形を書き、それぞれの点にPFCを打つ。
そして、ペンたてからピンクのマーカーを取り、説明しながらなぞっていく。
巡「早足くんの食事はですね、全てが糖質です。黒豆に多少たんぱく質が入っているかもしれませんが、同じ豆の大豆とは違い糖質優勢です。ということで...こうです!」
巡はマーカーを動かす。
PFCのCが三角形を飛び抜け、PとFは中央で止まったままの歪な図形が出来る。
巡「糖質ばかり取りすぎると糖尿病になるって知ってますよね?」
巡の圧に押されて引き気味の颯真。
颯真「まぁ、もちろん...」
蚊が鳴くような声で応答する。
巡「やっぱり私...許しかねます。こんな食事絶対ダメです」
颯真「いや、でも...」
巡「私、早坂くんのような優秀な方に早死にさしてもらいたくありません。ですので、明日から毎日お弁当を作って持ってきます」
颯真「えっ?」
唖然とする颯真。
意気揚々とする巡。
巡は颯真から袋を奪う。
巡「このクリーニング代は今後のお弁当代に回させてもらいます。あ、それとこれ」
巡は颯真の前にクッキーを置く。
颯真「あの、これは...」
巡「これはおからクッキーです。あなたの好きな色とは程遠い色をしていますが、このほんのりきつね色のクッキーが絶妙なんです。おからと豆乳で作った健康的なクッキーです。今日のお昼ご飯にはたんぱく質が不足しているので、これで少し補って下さい」
颯真「でも、僕は食べられ...」
巡「ますっ!食べられますから」
巡は颯真をキリッと睨み付ける。
颯真は反論出来ない。
巡「では、明日また同じ時間にここに来ます。明日からは一緒にお昼食べましょう。強気な発言ばかりですが、私もそのぉ...ぼっちで寂しいので丁度良いです。お供します」
巡は颯真に小指をつきだす。
颯真は口の回りをティッシュで拭いてから大人しく指を絡める。
巡「指切りげんまん、嘘ついたら針千本の~ますっ!指切った!」
颯真「針の使い道間違えすぎ...」
巡「つべこべ言わない。では、また明日」
巡は颯爽と居なくなる。
颯真は巡が立っていた場所をじっと見つめる。
颯真「すごい人と出会っちゃったなぁ...」
颯真は食欲を無くし、真っ黒の机の上を片付け始める。
残ったのはおからクッキーのみ。
颯真はタピオカコーヒーを右手にスタンバイした状態でおからクッキーを口に入れる。
颯真「あ...美味しい...」
思わず笑みが溢れる。
夢中で食べ進める。
食べながら初めての味に涙を浮かべる。
颯真〈僕は間違っていたのかもしれない...〉
クッキーを口に運ぶ手を止められず、あっという間に残り2枚になる。
〈黒い物を取り込んで自分の心を見えなくしていたんだ...〉
2枚のうちの1枚をかじる。
〈それも全部...あの人のせい〉
最後の1枚をかじる。
その瞬間、漆黒に染まった颯真の心にパリンとヒビが入る。
颯真の運命が動き出す。
【実習室・夕方】
巡は実習室掃除の当番になり、同じ班の男子1人と女子2人とせっせとモップがけをしている。
山田「あたしと加賀さん電車の時間あるから帰っていい?」
巡「あ、うん。いいよ」
巡はヒエラルキー上位層の女子には反論出来ない。
加賀「ごめんね。よろしく~」
ホウキを壁に立て掛け、ドアに向かっていく彼女らに男子が文句を言う。
明日翔「お前らも当番だろ?こういうのは連帯責任だ。ちゃんとやってから帰れ」
明日翔の発言に明らかに不機嫌になる2人。
山田「ってかさぁ、女子2人分くらい京くん働けるでしょ?寮生で家近いんだし、医師コースよりも忙しくないんだから体力有り余ってるよね?このくらいやってくれてもいいんじゃないの?」
明日翔「お前っ!いい加減にしろっ!」
明日翔が飛び掛かろうとする。
巡は咄嗟にモップを彼の足元に引っかける。
明日翔は派手に転ぶ。
2人はゲラゲラと笑いながら去っていく。
明日翔「おいっ!お前っ!何すんだよ?!」
巡は部屋の隅で震えている桃瀬に目配する。
桃瀬は半べそになりながら慌てて出ていく。
巡「一旦落ち着きましょう。こんなことしていても掃除は終われません。さっさとやってしまいましょう」
明日翔「そういうことじゃねぇ!オレが言いたいのは...」
巡は実習で作って残っていた卵焼きを明日翔の口に放り込んだ。
明日翔「うほっ。ほっ...」
巡「あんまりグダグダ言っているとモテなくなりますよ」
明日翔は卵焼きをゴクンと飲み込み、口を開く。
明日翔「お前、名前なんていったっけ?」
巡「七草巡」
明日翔「名前からおもしれえな。気に入った」
巡はふふっと笑った。
巡「一緒に掃除頑張ってくれますか?」
明日翔「面白かったから仕方ねえ。やるよ」
巡〈京くんと初めて話したのはこの日だった〉
〈まさかこの後京くんと関わることで大きく運命が動くことになるとは思ってもいなかった〉
1話終了。