ミニトマトの口づけ
5. 天井の記憶
煙草はきらいじゃない。
エアコンの風に散っていく煙を、私はホテルのベッドで仰向けになったまま目で追った。
流され、たゆたい、消えていく。
煙草は、箱から出す仕草も、火をつける音も、空になった箱をくしゃりと潰すところも、どこをとっても詩的だと思う。
染みつくように身に馴染んだ仕草は、見ていてとても心地いい。
梅雨入り宣言のないまま、日を追うごとに気温は高くなっている。
エアコンはごうごうと冷風を吐き出し、煙をどこかへ押しやる。
「加納さんとは続いてるの?」
またひとつ煙を吐いて、ソファーから男が言った。
最近煙草を吸う人をあまり見かけなくなったけれど、このひとの世代にはまだまだ多い。
加納さん……?
記憶を探っていると、
「いや、いいんだ。悪い」
と、男は煙草を灰皿に押しつけ、バスルームへ向かった。
年齢にしてはハリのある背中が、扉の向こうに消える。
加納さん……ああ、ミントタブレットは「加納さん」だったっけ。
三月末で転勤してから、ミントタブレットとは会っていない。
転勤を機に、彼女と入籍するのだと言っていた。
天井にバニラアイスのイメージが重なる。
真剣に愛しているひとがいても、浮気をする男性はいる。
それは私が奥さんや彼女より魅力があるからではない。
愛するひとへの想いを確かめるためかもしれないし、ただのつまみ食いかもしれない。
どうでもいい。
ミントタブレットは、ベッドの中で私を腕に抱きながら、プロポーズしたときの彼女の反応を幸せそうに話していた。
今頃は幸せな結婚をして、そしてまた別の女性を抱いているのかもしれない。
シャワーの音が止まり、男がバスローブ姿で出てきた。
似合うな、と思う。
純也はバスローブも浴衣も、着慣れない、と恥ずかしそうに笑うひとで、実際にまったく似合っていなかった。
バスローブを脱ぎ、ソファーの背もたれにかけると、男はふたたびベッドの中に入ってくる。
「院長、お帰りにならないんですか? 土曜日は早く帰らないと……」
「妻は娘と旅行中なんだ。今夜は泊まっていく」
「私はもう帰りますよ」
「君がいないと、いる意味がないじゃないか」
太い指が私の髪の間を滑っていく。
少し伸び過ぎて、毛先は背中の中程まで達している。
そのまま抱き寄せられ、湿った高い体温に包まれた。
煙草とシャンプーと男性の匂い。
「ここの朝食は焼きたてのバターロールがうまいらしいね」
「はい。コーヒーも一杯一杯ドリップしてくれるって聞きました」
「食べたことないの?」
「いつも朝食より前に帰りますから」
抜け出そうとよじった身体を、男の腕が抑えつける。
のしかかられ、唇を塞がれて、抵抗は諦めた。
煙草は苦い。
自分で吸いたいとは思わない。
「明日の朝は一緒に食べよう」
私はかすかな微笑みだけを返して、男の肩越しに天井を見つめた。
濡れた髪が頬に冷たい。