ミニトマトの口づけ
10. ミニトマトの口づけ
「前から気になってたんですけど」
寺島先生がモーニングセットを食べ終えたタイミングで、改まって切り出したら、
「俺の誕生日は六月八日です」
と真顔で言われた。
「違います」
めっきりやわらかくなった日差しを、先生の髪はたっぷりと含む。
そうすると、瞳と似たような色合いになった。
このひとは秋がよく似合う。
私は先生からトレイの上に視線を移して、一点を指差した。
「ミニトマト、きらいなんですか?」
小さなサラダボウルには、ミニトマトがちょこんと残っている。
フレンチドレッシングにまみれて、白無垢を着こんだように愛くるしい。
「ああ……はい。そうです」
気まずそうに寺島先生はトマト姫から目をそらす。
「でも、サンドウィッチに入ってるトマトは食べてますよね?」
「大きなトマトは好きなんです。ケチャップもトマトジュースも好きです。苦手なのはミニトマトだけ」
「それって違いあります?」
「全然違います」
納得できず、私は背もたれに身体を預けて先生を眺める。
「いい大人なのに?」
ミニトマトだけが残されたトレイは、誰が見ても「きらいです」と言っているように見える。
「そう言われましても」
「きらいでも、ミニトマトひとつくらい我慢できるでしょう?」
まったく違う味のものならともかく、トマトもトマトジュースも平気で、ミニトマトだけ食べられないというのが、どうにも理解できない。
「きらいな人間にとっては、ひとつでも難しいものなんです」
「ふぅん」
「納得してませんね」
「だって、トマトは食べられるのに」
頼んだグレープフルーツジュースに手をつけない私が、こんなことを言うなんて、ひどいお門違いだ。 だけど先生はそんな指摘をしないと、私はもう知っている。
それは先生に対する完全な甘えで、私が先生に甘えているという事実は、まったく本意ではないのだけど。