ミニトマトの口づけ
「紀藤さんはきらいな食べ物ってないんですか?」
「あります」
「じゃあわかるでしょ」
「私はきらいでも食べられます」
椎茸と茄子がきらいだった。
ごま油もそれほど好きじゃなかった。
でも、私が苦手なものを知ると純也はうれしそうに笑って、そしていつの間にか食べさせられていた。
『唯衣が食べてるそれ、椎茸だよ』
と。
食わず嫌いしていたものも、聞いたことのない山菜も、純也が作ってくれたもので食べられなかったものはない。
「味っていうより皮ですね。舌に皮が残るのがいやなんです。だからみかんとか、とうもろこしもあんまり好きじゃないです」
「皮を剥いたら食べられるんですか?」
「たぶん」
「面倒くさいひと」
寺島先生は不機嫌そうに、ミニトマトにフォークを突き刺した。
「そんなに言うなら、紀藤さんが食べたらいいじゃないですか」
ツヤツヤのミニトマトが、口元まで運ばれてきた。
ついさっきまで先生が使っていたフォークで。
歯科医である先生が、それに気づかないはずがない。
唇に、冷たい感触が当たった。
ミニトマトのキスは、触れ合ったまま私の反応を待つ。
フォーク越しに、寺島先生の真剣な目と目が合う。
「食べて」
やさしい声だった。
また、懇願するようでもあった。
恐る恐る口を開いたら、トマトがやさしく入ってきた。
ドレッシングの酸っぱい味がする。
口を閉じると、ひんやりとしたフォークが唇の上をするりと抜けていった。
ミニトマトは皮が固くて水っぽく、あまり味がしない。
「どうですか?」
フォークを片手に、寺島先生は微笑む。
「おいしくないトマトでした」
「そうでしょう?」
胸を張って寺島先生は笑みを深めた。
ミニトマトはゆっくり身体の中を通り、胃に落ち着いた。
そこでしずかに眠りにつく。
どんなに待っても、吐き気はやってこなかった。