ミニトマトの口づけ
11. 形に残るもの
イルミネーションと言っても、田舎住まいの人間には、駅や銀行で申し訳程度につけているものを、通り過ぎ様に眺めるのがせいぜいだ。
「クリスマスイブですね」
コーヒーショップを出ると、先生は頬を打つ寒風に身体を震わせた。
それでも明るい声で、電気のついていない、ただの歪んだ電線を見てそう言った。
そうですね、とだけ答える。
「あれ、こんなのありましたっけ?」
駅の出入口には、先月から中途半端な大きさのクリスマスツリーが飾ってあるが、今朝はその隣に掲示板のようなものがあった。
先生はそこに貼り付けられている紙を一枚掴む。
風に舞うその紙には、プレゼントのイラストが印刷されていて、それぞれ欲しいものが書かれてある。
駅ビル内にあるこども広場で書かれたものが、今日掲示されたようだった。
「七夕の短冊と同じですね」
夏にも同じようなものが出ていたことを思い出し、うなずきながら手に取った。
『プリンセスのどれすがほしいです』
『しんかんせんにのりたい』
『しろくまちやんのパソコンください』
「これお母さんかな」
『金!!』と書かれた紙に、先生はくすくすと笑う。
「紀藤さんは欲しいものないんですか?」
風にカラカラと鳴る紙の音を背に、職場へと歩き出す。
「欲しいものですか」
マフラーを口元まで引き上げて、私は考え込んだ。
コート、ブーツ、バッグ、手袋、時計。
目につくものを並べてみても、あればいいけどなくてもいいものばかりだった。
「欲しいもの……」
健康、お金、才能、愛、夢、希望、体力、運、もしもあの頃に戻れたら。
「別にないですね、欲しいもの」
職場まで十分の道のりの、半分を使っても、結局そんな答えしかできなかった。
「先生は?」
「なんだろうなぁ。あ、リュックかな。通勤用の」
かわいげも夢もない私たちの願いは、白い息とともに、街にまぎれて消えていく。
溺れるほど多くのものをくれた純也から、形に残るものをもらったことはない。
自分が使うものはすべて自分で選びたい純也に、形に残るものをあげたこともない。
いつでもそばにいるような、いられるような、そんなよすがになる“物”が欲しいと、ねだることもできなかった。
「あ、そうだ」
寺島先生はリュックを肩から降ろし、外ポケットをあさる。
「紀藤さん、どっちがいいですか?」
目の前に、ボールペンが二本差し出された。
一本は紺地に銀色で雪の結晶の模様。
もう一本はベージュに金色で雪だるまの模様。
「昨日本屋に寄ったとき、文具コーナーで見つけたんです。期間限定デザインだって。紺がゲルインクで、ベージュが油性」
多くのものをあえて言葉にしないひとだけど、今はおそらく何の含みもない。
ただの偶然で、先生はあっさり私の思い出に踏み入った。