ミニトマトの口づけ
12. 信頼
私と院長との関係が夫人に露見したのは、二月も半ばを過ぎた頃のことだった。
院長とはずいぶん前にご縁が切れ、私はもう誰とも会っていないのだけど、どいうわけか今さらになって耳に入ったらしい。
院長が寝言で私の名前を呼んだのだとか、私に振られた男が告げ口したのだとか、院内ではさまざまな憶測が広がっていた。
「お疲れさまー」
休憩室でコンビニのおにぎりを食べていると、新川さんがやってきた。
「お疲れさまです」
「お昼、遅くなっちゃったね」
「すみません」
「紀藤さんのせいじゃないでしょ」
「ひまりちゃんのことだけじゃなくて、その、いろいろと……」
実際のところ、夫人がどれほど確かな証拠を持っていたのか定かではないけれど、騒ぎは間もなく沈静化した。
私と院長が会っている形跡がないことと、何より院長に別の女性がいたことで、夫人の怒りの矛先が変わったせいだった。
夫人のお怒りは収まったけれど、私は今年度いっぱいで退職することにした。
私が抜ける穴を埋めるべく、新川さんは予定をひと月早め、この三月から復帰してくれたのだ。
「本当よぉ。ケーキ奢って!」
「はい。ホールで買います。何個でも」
ベテランとはいえ、乳幼児を含む三人の子育て中なので、本当は私が支えるべきだった。
申し訳ないと思う。
「ひまりちゃんにも悪いことしました。やっと口を開けてくれるようになったのに」
小さな子どもを押さえつけて治療すると、歯医者に対する恐怖心を植え付けてしまう。
二度と来てくれなくなって、状態が悪化したら最悪だ。
そのため時間をかけて通院に慣らし、治療のための練習を一ヶ月半かけてやってきたのに、今日新川さんに引き継いだらまた口を閉ざしてしまった。
「まあまあ、よくあることだから」