復讐日記
サイコパス看護師
 私の勤務先はざっくり言うと医療関係で、看護師の類が多く勤務している。
 その中に1人、私の意識にズカズカと入り込んで来る女が居る。その女が半径5m以内に居ると、頭の中に雑音が響き渡って周囲の音が耳に入らなくなってしまう程。精神異常者がよくこのような雑音を立てるのだけど、職務上その女と直接関わることが無いため、何故ここまで入り込んで来るのか全く理解出来ない。
 だとしても何の理由も無くこんな雑音を立てるわけがないので、暫く様子を見ることにした。もしかしたら一仕事する必要があるのかもしれない。

 朝の通勤電車内、混雑していてギュウギュウ。私の前に立って吊革に掴まる女性の動きが不自然、と思った途端に私の意識の中に金属音のような耳をつんざく音が響き渡った。あいつだ、あの女が出す音だ。近くに居る。どこだ? すると前に立つ女性が「痛い!」と声を上げた。隣に立つ女性もビクっとして少し脇に寄ったので、2人の隙間から座っている人が見えた。目を瞑る女性。あ、あの看護師だ。眉間に皺を寄せている。手には長傘。尖った先を私の前に立つ女性の脚に突き立てている。そばに寄るなとでも言いたいのか。しかしこんな混雑している電車の中で、誰にも1mmも触れないで立っているなんて無理難題。
 しかしその雑音看護師は、何の頓着も無く、前に立つ女性に傘の先を突き立てている。グサグサと音がしそうな勢いだ。これではこの女性が怪我をしてしまう。女性は混雑で押され、雑音看護師のほうに倒れてしまいそうになるのを必死に吊革に掴まって耐えている。私を含む後ろに立つ数名はその女性を押さないように距離を置く努力をしているのだが、バランスを崩しそうになってしまう。ちょっとでも触れるとすぐに傘が女性に刺さっている。
 あまりの大変さに忘れかけていたけれど、そうだこいつの意識の中に入れば良いんだ、と気付いた。意識を集中して女の意識の中へ。雑音が重い霧のように深く垂れこめている。
 同じ職場に居るので、見える景色には馴染みがある。なるほど、奴はあの部署なのか。こいつ、とんでもない看護師だな。今私が見ている情景が本当なら警察沙汰だ。でも、なんで問題になってないんだろう。誰かの弱みを握って口封じしてるのか。職場内でのリンチ、恐喝、窃盗、傷害のオンパレード。
 これはお仕置きが必要だ。
 駅を出て職場に向かう途中に交通量の多い幹線道路を跨ぐ歩道橋を通る。そこから落ちてもらうことにする。
 改札を出た。雨は降っていない。が、持っているジャンプ傘が突然開く。驚く雑音看護師。閉じようとするが閉じない。私が閉じないように阻止してるから。そのまま歩道橋の階段を上る。必死になって傘を閉じようとしているために周りが見えていない。階段を上り切ったところで傘に風を送ると女は傘を持ったまま宙に浮いた。すぐそばを歩く人々が驚いて彼女の衣服を掴もうとしたが、手をすり抜けてしまった。ダメダメ助けちゃ。こいつは殺さなきゃ。
 そのまま歩道橋の手摺りを乗り越え、速度を増して道路へ落下。幸い車には轢かれなかったので、殺人犯を作らずに済んだ。
 一丁上がり。
 雑音が嘘のように消えた。ほっ。
 雑音看護師が居た部署では不謹慎ではあるが、誰もが穏やかな表情をするようになった。
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