奏でる愛は憎しみを超えて ~二度と顔を見せるなと言われたのに愛されています~
翌朝、目覚めた梨音のそばには誰もいなかった。
カーテン越しに明るい光が差し込んでいる。
(ここは……病院?)
薬品の匂いで病院だとわかったが、今寝かされている部屋はゆったりとした個室だ。
腕には点滴の針が刺されているし、ほかにもなにかわからない機械がベッドの周りにはあった。
(私、昨日倒れたんだ)
梨音はそれからの記憶はプツリと途切れている。
「あ、お目覚めですか?」
若い看護師が朝の体温を測りに部屋に入ってきた。
「ご気分はいかがですか?」
「あの、私、どうしてここに?」
「昨日の午後、婚約者の方がこの病院に連れて来られてたんです。素敵なかたですねえ」
血圧や脈拍を確認しながら、若い看護師はうっとりとした顔をしていた。
「今日はいくつか検査がありますから、朝のうちはゆっくりお過ごしくださいね」
「はい」
少しずつ昨日のことを思い出してきた。
奈美と湘南へ行こうとしていたら、いきなり奏が現れたのだ。
『俺の子か』
奏の言葉が梨音の胸に突き刺さる。
『あんまりだ』
いくら酷い誤解で別れたとはいえ、お腹の子は京太の子だとでも思っているのだろうか。
わざわざ病院へ運んでくれたのも、目の前で倒れたからとしか思えない。
『奏さんにはもう会いたくない』
疑われたままだと思うと、梨音は悔しかった。奏への愛は心の奥の方へ押しやった。
点滴の細い管を見つめながら、梨音の心は乱れていた。
決定的な思い違いが生じていることなど、今の梨音にわかるはずもなかった。