奏でる愛は憎しみを超えて ~二度と顔を見せるなと言われたのに愛されています~


これまでの梨音の生い立ちを思うと、奏の胸は痛んだ。

(いつもひとりで泣いてきたのか)

母が家を出て行った時、父が仕事で不在の時、レッスンが辛くて泣くこともあっただろう。
だが、これからは決してひとりで泣かせない。

「梨音、お前は俺のそばにいろ。ずっとだ」

梨音はその意味がよくわからないのか、首を傾げた。
まだ中学生の梨音には、奏の想いは伝わらなかったのかもしれない。

だが、奏の言葉に嘘はなかった。
大学を卒業するまで、奏はレッスンが終わった梨音を家まで送り届けた。
就職も時間通りに帰宅できる銀行を選び、梨音のレッスンに合わせた。

車で家まで送るだけの関係から始まったのだが、やがてふたりだけで食事するようになった。
せっかく安全に家まで送り届けても、公営住宅では梨音は父親が帰るまではひとりだと気付いたからだ。
梨音が遠慮しないように、ファミリーレストランを選ぶという徹底ぶりだ。

梨音が高校生になると、有名な音楽家のコンサートがあると聞けば彼女の父親に許可を取り、連れて行くようになった。
帰宅するのは夜10時を過ぎてしまう。
これも梨音の勉強のためだと言い訳しながらも、奏はだんだん綺麗になっていく彼女を連れ歩くのが好きだった。

そして、どちらからともなく自然に唇が触れ合うだけのキスを交わす間になっていった。




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