奏でる愛は憎しみを超えて ~二度と顔を見せるなと言われたのに愛されています~



その頃の敦子は、平常心ではなかった。
グラビアに写った自分を見て、打ちひしがれていたのだ。
そこには、信じられないくらいに酷く年取った自分が写っていたからだ。

敦子は若かりし頃に、ピアニストとして脚光を浴びていたから雑誌に載ったこともある。
けれど、今回のグラビアに輝いていたころの自分はいなかった。

記事には『かつての有名ピアニスト 間野敦子』と書かれてはいたが、スポットライトを浴びているのは梨音だ。
才能を見出したとはいえ、自分は添え物のような扱いだ。

これまでの人生で、自分の中心にあったなにかが崩れ去っていくのがわかった。

『ピアニストにならない梨音は、もういらない』

それが、敦子の出した結論だ。
自分を越えて光輝く娘には間野家の援助など必要ないだろうから、もうそばにいて欲しくなかった。



敦子からその話を聞いた梨音の父、満彦は焦った。
まだ梨音が目指していた私立の音楽大学進学のための貯金は目標額に達していない。
奨学金も考えたが、梨音を海外留学に行かせてやりたいとさえ思っている。
娘のための資金は、いくらあっても足りない。
夢を叶えてやるために、ほんの少し満彦は無理をしてしまった。
間野家からの援助が切られても、才能ある梨音にお金の苦労をさせたくなかったのだ。

寒い冬の時期にも昼夜問わず仕事を入れて働いた。
その無理が重なってしまい、桜が咲く季節に満彦は急死した。
突然の脳出血で、防ぎようがなかった。

梨音が高校三年になった春のことだった。



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