奏でる愛は憎しみを超えて ~二度と顔を見せるなと言われたのに愛されています~
かすかな玄関のドアが開く音も、耳聡い梨音にはよく聞こえるらしい。
気がついたら料理の手を止めて、梨音は飛ぶように玄関まで奏を迎えにくるのだ。
「お帰りなさ~い」
お約束の様に、逞しい奏の胸に飛び込んできた。
「おっと、ただいま。梨音」
「予定より早かったね」
「急いで仕事切り上げたんだ」
奏は梨音を抱きしめながら、その頬に触れる。
「あ、手が冷たい!先にお風呂で暖まったら?」
「そうさせてもらおうかな」
奏はホッとひと息ついた。年明けから取引先への挨拶周りが続き
ゆっくり梨音と過ごす時間を取れなかったのだ。ストレスが溜まっている。
今夜こそ、のんびりふたりで過ごしたかった。
リビングまでいい匂いが漂っているのに気が付いた奏は眉をしかめた。
「梨音、また料理してたな」
「ゴメンなさい。奏さんに手料理食べてもらいたかったの」
「梨音の手はピアノを弾く手だろ。怪我したら大変だ」
奏は自分の手で梨音の指を撫でるように持ち、少しの傷もないか丁寧に確認していく。
曲作りにいき詰まると梨音は料理を作りたくなるらしいので、つい奏は過保護になるのだ。
『どちらも調和とリズムが大切だから、楽しい』
そう言って笑う彼女が怪我をしたらと思うと、心配でたまらない。
「大丈夫。包丁にだって気をつけてるし、昔より随分上手になったもの」
それこそふたりで暮らし始めた頃は大変だった。
「去年は奏さんがお料理教室に通わせてくれたし」