奏でる愛は憎しみを超えて ~二度と顔を見せるなと言われたのに愛されています~
見晴らしの良い最上階の部屋に入ると、梨音の表情は輝いた。
「わあ~」
数日前まで部屋に閉じこもっていたのが嘘のように明るい顔になっている。
「こんな世界もあるんですね」
大きなリビングの窓からはかなり遠くまで見通せるから、梨音には新鮮なのだろう。
窓際からずっと外を見ている梨音を、奏は後ろからそっと抱きしめた。
「梨音が高校を卒業するまでは、ここまでしか触れない。約束するよ」
「奏さん……」
「だから、ずっと一緒だ。これからずっと」
奏は少し腕に力を込めた。
「嬉しいです」
「梨音」
奏から見える梨音の頬がうっすらとピンクに染まっている。
「もう、一人ぽっちは嫌なの」
それが梨音の切実な気持ちだろう。
「俺がそばにいるさ」
「絶対ひとりにしないでね」
梨音は振り向くと、俯いたまま奏の胸にしがみついた。
「約束するよ、ふたりだけの約束だ」
その時、梨音が顔を上げた。その目が輝いている。
「あ……やっと、音楽が戻ってきた」
「何?」
梨音の声が弾んでいる。
「父が亡くなってから、うまく音が聞こえなかったの」
「ええっ!」
「大丈夫よ、少しずつ戻って来たから。聞こえてるから」
「早く言いなさい! 病院へ行こう」
音楽家にとって聴力は大切だ。奏は退院したばかりだが、また逆戻りかと慌ててしまう。
「大丈夫だよ。奏さんがそばにいろって言ってくれたから音楽が聞こえるようになったの」
「そうか?」
梨音の微笑みを見て、奏は少し落ち着いてきた。
「私の音楽は、奏さんで出来てるの」