奏でる愛は憎しみを超えて ~二度と顔を見せるなと言われたのに愛されています~
二月になって決算期に入ると、奏はがぜん忙しくなり国内あちこちへの出張も続いていた。
「ごめん、梨音。バレンタインはなんとか空けるから」
「気にしないで、ハイお弁当。お仕事頑張ってください」
梨音は毎朝にっこり笑って、奏を送り出す。
ふたりはすれ違う毎日だったが、梨音は奏に手作りのお弁当を渡すようにしていた。
(私とバレンタインを過ごすために彼は無理してくれている)
そう思うと、梨音もなにか彼の役に立ちたかった。
奏が仕事に出かけると、しばらくはひとりの時間だ。
梨音はまもなく音大を卒業する。
大学でも梨音の卒業作品の四重奏曲は優秀な作品だと認められていて、卒業演奏会で彼女の作品が発表される予定だ。
今はゆっくり料理を作ったり、夏のコンクールに向けた作品の仕上げをしたりして自分の時間を楽しんでいた。
(このコンクールで賞を取れたら、今度こそ敦子先生に会いたい)
奏との結婚の許可をもらえたらと、梨音は漠然と考えていたのだ。
作品はピアノソナタで『Aに捧ぐ』というタイトルに決めていた。
(奏さんと間野家との溝が埋められたらいのに)
今度の曲には、梨音の願いを込めていた。