奏でる愛は憎しみを超えて ~二度と顔を見せるなと言われたのに愛されています~
あの真冬の夜、梨音はマンションを出てひたすらトボトボと歩いた。
歩き疲れたので朝までインターネットカフェで過ごし、あてもなく電車に乗った。
気が付いたら、子どもの頃に父親と住んでいた公営住宅の近くの駅で降りていた。
普段着の上に高級なカシミアのコートというちぐはぐな服装で、ぼんやりと商店街を彷徨った。
髪は乱れているし化粧っけはないからチラチラ視線を向ける人もいたが、梨音は周りの景色だけを見ていた。
その時に目に留まったのが『日暮亭』の木彫りの看板だ。
(この看板、見たことある)
手彫りのような素朴な味わいの看板を横目に、ふらりと木製のドアを押して店の中に入った。
「いらっしゃいませ~」
元気のいい声に迎えられて、ホッと息を吐いた。
ドミグラスソースやコーヒーの香りが店内に漂っていて、温かい雰囲気の店だった。
すると、これまで忘れていた思い出が洋食の香りと共に蘇ってきた。
(ここで、お父さんとオムライス食べたんだった)
小さい頃、父が給料日によく連れてきてくれた洋食屋さんだと思い出した。