奏でる愛は憎しみを超えて ~二度と顔を見せるなと言われたのに愛されています~
その言葉通り、小暮家は日常のなんでもない暮らしぶりを大切にしている家族だった。
洋食屋の裏手が章子の自宅で、夫を亡くしてからはひとりで暮らしている。
梨音は店の二階に住みこんだ。
以前はこの商店街も賑やかだったので、この店も住み込みの従業員を置くほど忙しくかったようだ。
二階は六畳一間だが、簡単なバストイレが付いているから梨音がひとりで暮らすには十分だった。
ひとり息子の敏弘一家は近くのアパートに住んでいて、そこから店に通って来ていた。
『スープの冷めない距離さ』と言って、章子と嫁の奈美はアハハと笑っていた。
おおらかな章子と奈美はウマが合うのか、嫁姑は大の仲良しだ。
奈美は派手な外見とは裏腹に堅実な女性で『二人目を産んだら着られなくなっちゃった』と言って、何枚も洋服を梨音に譲ってくれた。
「ゴメンねえ~。派手なのばっかで」
確かにこれまで着ていた服とは違っていたが、奈美のセンスは梨音には新鮮だった。
明るい原色のプリントのシャツ、スリムなパンツ。梨音が袖を通すと、以外に似合うのだ。
「ありがとうございます、奈美さん。この服を着たら生まれ変われるみたいで嬉しいです」
「よかったあ~。まだいっぱいあるからね!」
ポンとお腹を叩いて、奈美が言った。確かに、これらの服は入りそうにないお腹周りだ。
「あ、三人目が入ってる訳じゃないからね!」
自分で言って、ガハハハッと笑っている奈美の明るさは梨音の救いだった。