奏でる愛は憎しみを超えて ~二度と顔を見せるなと言われたのに愛されています~


玄関を開けると、ムッと籠った空気の匂いがした。
カーテンも閉まったままだし、なにもかもがあの夜のままだった。

「梨音……」

奏は声に出して愛しい人の名前を呼んでみる。

「梨音!」

思いっきり叫ぶ。

だが、返事はない。 あるわけがないとわかっているのに、奏は名前を呼びたかったのだ。

カーテンを開けてから、リビング、キッチン、レッスン室、梨音の部屋、そして寝室。すべての部屋を回る。

もちろん奏が『顔を見せるな』と言ったのだから、どこにも梨音の姿はない。

クローゼットの洋服や靴も以前のままだし、リビングのテーブルにはスマートフォンまであった。

梨音だけが姿を消していた。

奏はまだ、あの夜なにがあったのか確信できないままだった。
コンシェルジュの高橋の言うことが正しければ、梨音は嘘をついていなかった。
義弟の京太が奏を騙したことになる。

『信じて!』

梨音の叫びが聞こえた気がしたが、京太が自分を騙す理由もわからない。



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