奏でる愛は憎しみを超えて ~二度と顔を見せるなと言われたのに愛されています~
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その日、梨音は産婦人科の検診日だった。そろそろ妊娠7ヶ月になる。
受診を終えて『日暮亭』に帰る途中、産科医の言葉が少し憂鬱な気分にさせていた。
『赤ちゃんに異常はありませんが、お母さんの心臓が気になりますね。特に血圧が高すぎるわけでもないですが、様子を見ましょうね』
梨音は両親がすでに亡くなっているから、こんな時に困ってしまう。
たとえば家族に病気の人がいたとか、血縁の人がどんな病気で亡くなったのかよくわからない。
血圧や心臓の病気など考えたこともなかっただけに、梨音は産科医の言葉に戸惑っていた。
(それでも元気な赤ちゃんを産まなくちゃ)
優しかった父を思い出すと泣きたくなるのも、妊娠してナイーブになっているからかもしれない。
今は残りの妊娠期間を元気に過ごすことだけに集中しようと梨音は思った。
「梨音ちゃん」
そんなことを考えながら大通りで信号待ちをしていたら、両手に買い物袋を持った奈美が声をかけてきた。
「奈美さん、お買い物?」
「うん。梨音ちゃんは検診だっけ」
「はい」
「どうだった?」
経験者の奈美には誤魔化せないから、言葉を濁しながら梨音は正直に答えた。
「実は……」