奏でる愛は憎しみを超えて ~二度と顔を見せるなと言われたのに愛されています~
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奏は逸る気持ちをなんとか落ち着かせて『日暮亭』にやってきた。
まだランチには早い時間だったので、コーヒーを注文してカウンター席に座る。
目の前で、守屋から見せられたローカル番組に映っていた細身の男性が手際よくコーヒーを淹れてくれる。
ドリップで一杯ずつ丁寧に濾していくのがこの店のやり方なのか、香ばしく馥郁とした香りが漂ってきた。
「お待たせしました」
口に含むと、ほろ苦さのある美味しいコーヒーだった。
奏はコーヒーを飲みながら店内を見渡した。
この店に来るまでは下町の小さな洋食屋だと軽く見ていたが、アンティーク調の置き物や高価な絵も飾られている。
ほんのわずかな時間いただけで、居心地がいい店だとわかった。
コーヒーのソーサーに、サービスなのかクッキーが添えられていた。
ココア味とバニラ味のアイスボックスクッキーだ。
(梨音がよく作っていたクッキーだ)
『キチンと市松模様に焼きあがった時の達成感が最高なの』
無邪気に笑っていた梨音の顔が脳裏に浮かんでくる。
(やはり、ここに梨音がいるのだろうか)
香りのよいコーヒーを飲み終わった奏は、カウンター越しに先程の男性に話しかけた。
「ごちそうさま、美味しかった」
「ありがとうございます」
「ところで、こちらの店で春名梨音さんが働いていませんか?」