奏でる愛は憎しみを超えて ~二度と顔を見せるなと言われたのに愛されています~



奏が敏弘に梨音の事を聞いたとき、タイミングよく奈美が店に入って来た。

「梨音ちゃんですか? チョッと前までここで働いていたけど、今はいませんよ」

用意していた言葉で、奈美はサラリと嘘をつく。

「えっ? もういない?」
「はい。この店は辞めました」

すらすらと奈美が説明するのを、横で敏弘は黙ってグラスを磨きながら聞いている。

「そういうあなたは、誰ですか?」

先に名乗れとでも言うように、奈美はわざとぞんざいな言葉を使った。

「失礼しました」

おもむろに、奏は胸ポケットから名刺を出した。

奈美がそれを受け取って、敏弘と一緒に覗き込む。

「間野コーポレーションっていえば、この近くの工場跡地にでっかい商業施設を作るっていう」
「そこの副社長……」

ふたりは唖然とした表情だ。

「申し訳ありませんが、春名梨音さんを探しておりますので、なにかご存じのことがあったら教えていただけませんか?」

「いや、特には、なにも」

敏弘は、口ごもった。奈美ほどあっさりと嘘はつけない性分だ。

「え~と、前に辞めた人のことは個人情報ですからあんまり喋りたくないんです。ごめんなさいね」

奈美は、敏弘が下手にしゃべってボロを出さないようにさっさと話を終わらせる。

「そうですか。もし、なにか思い出されましたらお知らせください」

気落ちしながらも、奏は念を押しておくことは忘れなかった。
今日のところは仕方がないと諦めて、奏は店を出た。

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