奏でる愛は憎しみを超えて ~二度と顔を見せるなと言われたのに愛されています~
ドアが閉まるのを待っていたように敏弘と奈美は話し出す。
「まさか梨音ちゃんの相手が副社長さんだったなんてねえ~」
「奈美、お前ってすごいな」
「何が?」
「よくあんな出まかせが言えたなあ」
コーヒーカップを片付けている敏弘は、妻の演技力に驚きの表情だ。
「あれくらい簡単よ。梨音ちゃんのためだもん」
「母さんが商店街の用事で出かけててよかったな。もしあの人と鉢合わせしたら大変なことになっていたよ」
「ホントだね。大ゲンカになってたかも!」
そう言いながら、ふたりは同時にため息をつく。
「でもあの人、梨音ちゃんのこと必死で探してたみたいだな」
敏弘はずっと考えていたことを口にした。あんなふうに追い返してよかったのか、迷っていたのだ。
「あんないい子を家から追い出したんだから、後悔すればいいんだ!」
「彼、本気で梨音ちゃんのこと好きなんじゃない?」
敏弘は、店から出て行く意気消沈した姿がどうしても気にかかるのだが、奈美はまだ頭に血が上っていて冷静さを欠いている。
ふたりの会話はどこまでもすれ違うばかりだ。
「だけど、梨音ちゃんを信じなかったんでしょ? ダメじゃん」
「まあ、そうだけど」
「アタシはそんな男は信用できないなあ」
「でもさ、決めるのは俺たちじゃなくて、梨音ちゃんなんだよ」
敏弘は同じ男として、奈美ほどバッサリと切り捨てられないのだ。
「赤ちゃんのこと考えたら、やり直した方がいいのかも」
「でも、あの人が子どもだけ寄こせって言ったらどうする?」
奈美の言葉に敏弘はもうお手上げだ。
「そこまで考えてなかったよ。もう難しくて、わからない! お袋が帰ってきたら相談しようか」
「そうだね」
若い夫婦にしてみれば、拗れてしまった梨音と奏の関係は重すぎた。
ふたりはそれ以上は話し合うことを放棄して、人生の先輩に預けることにした。