奏でる愛は憎しみを超えて ~二度と顔を見せるなと言われたのに愛されています~
その夜、奏がマンションに帰ってしばらくすると母の敦子が訪ねて来た。
敦子の方からマンションに来ることは滅多にないことだ。
奏は敦子が京太を使って梨音にしたことを許してはいない。
だが肝心の梨音が見つかるまではことを荒立てたくなかったので、ずっと実家との連絡を絶っていた。
「なにか用事ですか?」
玄関先で、素っ気なく出迎えた。理性を働かせなければ、親とはいえ声を荒げてしまいそうだ。
「いくら言っても家には帰ってこないし、このところ電話にも出ないし」
そう言いながら、敦子はスタスタとリビングに上がり込むとソファーに座った。
「仕事が立て込んでいて、忙しいんです」
「いつも、それね」
部屋を見渡して、なにか探しているようにあちこちに視線を走らせている。
女ものがないかチェックしているのかもしれない。
「申し訳ありませんが、まだ仕事があるので帰ってください」
「あなた、私に言いたいことがあるんじゃないの?」
「………別に」
挑発的な言葉に、奏はぐっと手を握りしめて堪えた。恐らく梨音のことを言っているのだろう。
だが、奏は無視した。ここで反論したらお互いに感情的になるのは目に見えている。
「そう、ならいいわ」
つまらなさそうに返事をすると、ソファーから立ち上がったので帰る気になったようだ。
「どうも」
奏の素っ気ない言葉を聞いて、敦子が振り向いた。
「明日発売の経済誌に私のインタビュー記事が載るのよ。あなたも30になったんだから、覚悟しておいてね」
暗い微笑みを向けられて、奏はなにかが引っかかる。
「覚悟?」
『何か企んでいるのか』と言いかけた奏を残し、敦子はあっさり帰って行った。
翌日、その『覚悟』と言われた内容は奏が出社するとすぐにわかった。