奏でる愛は憎しみを超えて ~二度と顔を見せるなと言われたのに愛されています~

敦子は夫の協力を得て、この一年の春名家の事情を探った。
水戸の言葉から、なにか大変な事があったのだろうと予測はしていたが、実際に夫から受け取った調査結果を見て驚いた。

去年は裕福そうに見えた春名家が、この一年で離散していたのだ。
父親の事業が失敗して、借金苦に陥ったらしい。
母親はさっさと夫に見切りをつけ、離婚して家を出ていた。
梨音は父親に引き取られていた。
父子は公営住宅で暮らしているらしく、これではピアノのコンクールどころではないだろう。

それからの敦子の行動は早かった。梨音の才能を諦められなかったのだ。
まずピアノ教室に梨音が来る日を狙って演奏を聞き、この一年で想像していた以上に上達しているのを確認した。

その日の夜には、梨音の住む公営住宅を訪ねて、父親の春名満彦(はるなみつひこ)に会っていた。

母親が出て行ってしまい、自分は忙しくて殆ど家にいられない。
せめて好きなピアノだけでも続けさせてやりたくてと、音楽教室に通わせている事情を満彦は説明した。

だが公営住宅では小さな電子ピアノを置くのがやっとだ。しかも音は出せない。
厳しい家庭環境を見て、敦子は梨音がピアノを続けられるよう援助すると申し出た。
ただし、とても厳しい条件だ。

毎日学校の帰りに間野家によって3時間はピアノの練習をすること。
土日は何時間でも好きなだけピアノを弾きに来ること。
ただし、ピアノが弾けるだけではダメで、学校の勉強もキチンとしなければならい。

満彦の方が、その条件に引いてしまった。
まだ小学生の娘にはそんなハードな生活は無理だと思ったのだ。

 
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