クールな外科医はママと息子を溺愛したくてたまらない~秘密の出産だったはずですが~
そう、あれから二年半の月日が経ち、今私は1歳8ヶ月の息子・頼を女手ひとつで育てるシングルマザーだ。
私の手を引っ張りながら周囲を見回し落ち着きなく歩く頼を見ながら、隣を歩く鏡花ちゃんは感心したように言う。
「でもまさか、あの荻が未婚の母になるなんてね。全く想像してなかったよ」
「うん、私も」
あれからほどなくして、由岐先生が海外に行ったと院内の噂で知った。
彼が海外に行ったことで、私はようやく職場や周囲にも妊娠のことを話し頼を出産した。
父親が誰かということだけは、誰ひとりにも言わずに。
実家の両親も最初は『未婚でシングルマザーになるなんてどういうことか』と怒っていたけれど、産後は手伝いにもきてくれて、今では頼へやたら服やおもちゃを買い送ってくるくらいにデレデレになっている。
職場も小児科ということもあってか、父親が誰かは深く問わず、ただ純粋に命の誕生を喜んでくれた。
それは鏡花ちゃんも同じで頼の父親が誰かとかは触れずにいてくれている。
母子ふたりの暮らしは予想以上に慌ただしく大変だ。
自分のために使える時間も減ったし、家には頼のものばかりが増え、伸ばしていた髪も邪魔に感じてばっさりと切った。
子供のこと、親としてのこと、シングルマザーとしての暮らし方。いろんなことを吸収しながら考えて、悩んでの繰り返しだ。
けれどそんな日々の中でも頼はかわいく愛しく、いざとなれば力を貸してくれる周囲にも恵まれていると深く実感した。
そんな幸せな毎日だ。
「あ、そういえば」
病院の敷地内を出たところで、鏡花ちゃんが思い出したように言う。
「由岐先生、海外から戻ってきたらしいよ。またうちの外科に勤務するみたい」
『由岐先生』。
突然発せられたその名前に、心臓がドキリと跳ねた。
けれどその動揺に気づかれてしまわぬように、私は平静を装って頷いた。