クールな外科医はママと息子を溺愛したくてたまらない~秘密の出産だったはずですが~
たったそれだけのことが、そのときの私にはとても大きなことで、私は安心感から泣き出してしまった。
幼い子供のように泣きじゃくるあいだも、彼はとなりにいてくれた。
そして涙がようやく落ち着いた頃
『あっ、ユキ先生!ちょっといいですか?』
『はい、今行きます』
彼は看護師さんに呼ばれその場をあとにした。
はっとして顔を上げた時にはすでに彼の背中は遠く、顔を見ることすらできなかった。
……ありがとうのひと言すら、言えなかった。
穏やかな低い声と、白衣を着た黒い髪の後ろ姿。
そして看護師さんが呼んだ『ユキ先生』という名前。
それしかわからないけれど、彼の存在はこの胸の中に大きく残った。
その後は母も意識を取り戻し、容態も安定し、ほどなくして地元の病院に転院となった。そのためそれ以来彼とは会えないままだ。
だけどどうしても再会したくて、この病院に勤めることを目標にした。
そして私が選んだのは看護師ではなくクラークという職種だった。
その理由というのも、少しでも早く彼と再会したいという気持ちからだ。
高校を出て、医療系の専門学校を出て、運よくこの病院の小児クラークとして就職することができた。
けれどそれから2年。仕事には慣れたけれど、未だに彼の手がかりは掴めていない。
初恋の人を追いかけてきたなんて公に言えるわけもないし、院内の医師名簿も確認したけれど『ユキ』だなんて下の名前のドクターも見当たらなかった。
もしかしたらもう他の病院へ異動してしまったかもしれない、そう思いながらもどうしても諦めきれずにいる。
いつか再会したら、ちゃんと言いたい。
あの日励ましてくれてありがとう、と、ずっとあなたのことが忘れられないこと。