タイトル未定の恋心
カレのもとへと向かっていたはずの足が、ぴたりと止まった。
本当はその広い背中に飛びつきたいところだけれど、それをしたとしても、カレがワタシを見るのは、きっとほんの一瞬だけだろう。
声のトーンで分かる。あれは、カレが何かに夢中で、そして必死になっているときの声だ。背中に張り付いて、悪戯に爪を立てたって、ワタシに向けたはずの視線をすぐさまもうひとつのシルエット、キミの目の前に立つそのコへと向け直して、話の続きをするのだろう。
一緒に暮らすようになって、もうずいぶんと経つ。だから、分かってしまった。
いつもなら気配に気付いてくれる距離なのに、今のカレは全くワタシに気付かない。それくらいにカレは、目の前のそのコに夢中で必死なんだ。
「じゃあ、明日はどう?」
「いいよ。明日ね!」
いつだったか、この街に来て知り合った、独り身を貫くカノジョが言っていた。「好き」「大好き」と躊躇いなく愛を吐き出すような人間は信じちゃダメよ、って。
同性でも見惚れるような麗しい見目のカノジョは、愛を惜しみ無く捧げてくれていたはずの人に、ある日突然、別れを告げられたらしい。「もう一緒にはいられないんだ、ごめん」と。
世の中にはそんなひどい人間もいるのだと知った日だった。「きっと、ワタシより大切な存在ができたのよ」と呟いたカノジョのひどく悲しそうな眼をワタシはよく覚えている。
けれど、カレは、カレだけは、違うとワタシは信じていた。
「うん、明日ね。楽しみ」
「俺も」
信じて、いたかった。