白鳥とアプリコット・ムーン ~怪盗妻は憲兵団長に二度娶られる~
風呂で身体を洗ってから拷問のつづきをと考えていたが、すこし休ませた方がいいかもしれない。それに、憲兵団長であるウィルバーがいつまでも花の離宮に籠っているわけにはいかない。
「いや、薔薇の品種だったか……?」
国王アイカラスがウィルバーに伝えた花の離宮ができるまでの過程。初代国王マーマデュークと宮廷魔術師アイーダ・ノーザンクロスによって改修させられた、妖精王が眠っていた神殿跡地のちいさなお城。そこに植えられた赤みがかった黄色い薔薇の花苗こそ、アプリコット・ムーンだ。
無防備に眠る彼女にガウンを羽織らせ、ウィルバーはそうっと額へキスをする。
花の離宮を飾る鈴なりの薔薇の花を名乗る彼女のほんとうの名前を、ウィルバーは知らない。
「ほんとうの名前を知りたいと願うのは、おこがましいよな」
ぴったりとした黒装束に黒いヴェールに隠されていた雪のように白い肌と、翡翠のように煌めく緑……だというのに、彼女の身体には何者かの所有痕が刻まれていた。
きっと、怪盗アプリコット・ムーンではない彼女を知る誰かが、つけたのだろう。