白鳥とアプリコット・ムーン ~怪盗妻は憲兵団長に二度娶られる~
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目覚めたとき、ひとの気配はどこにもなかった。
ローザベルは気怠そうに瞳をひらき、天井が花の離宮の壁紙になっていることに気づき、我に却る。
――ここは、花の離宮の、ウィルバーさまの部屋ね。
起き上がると、じゃら、と鎖の音が響く。彼の寝台の柱と、自分の右手首に嵌められた魔法封じの枷がつなげられていた。
逃げ出さないように、念のためにつけた、とでもいうのだろうか。
それでも檻のなかより広く明るい寝室だからか、ローザベルはホッとした気分になる。
周囲を見渡すと、マホガニーの机の上に水色の花瓶が飾られている。ウィルバーの瞳にも似た色硝子の花瓶に生けられていた花は、鈴なりに咲くアプリコット・ムーン。赤みがかった黄色い薔薇はどこか切なそうに風の精霊と戯れている。その光景は、まるで自分と同じ名前の薔薇が、ウィルバーの手のなかで囲われているかのよう……
「ウィルバーさま?」
お風呂あがりだからか、部屋中にふんわりとした薔薇の香りが漂っている。身体を洗われているときは噎せ返るような濃厚な香りで、それこそ媚薬みたいに思えたのに……