白鳥とアプリコット・ムーン ~怪盗妻は憲兵団長に二度娶られる~
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物思いにふけっていたウィルバーは、東の塔の最上階にあるオリヴィアの調剤室に到着してからも上の空でいた。
螺旋階段を上った先にあるそこは、蝋燭がひとつだけの薄暗い部屋で、彼女が集めた薬草や調薬に必要な材料、道具などがあちこちに転がっている。香草独特のスパイシーでくせのあるつんとした臭いを感知して、ようやくウィルバーは我に却る。
「皇太子妃オリヴィアどの……ご無沙汰しております、オリヴィア義姉さん」
「堅苦しいことはいいわよ。宰相どのから伝令が届いておりますから」
そよそよと風の精霊が運んできたのであろう手紙が彼女の手の上でふわふわと浮かんでいる。精霊を確認できないウィルバーは宙に浮かんだままの手紙を見て、おもむろにああ、と頷く。
「それで、怪盗アプリコット・ムーンを自白に追い込むための薬が御入り用なのかしら? 拷問につかうなら、精神的にダメージを与えるものや、快楽に屈する媚薬、あと、止めを刺すならリヴラ家の秘薬もあるけど」
いまは材料が足りないからすぐには渡せないわね、と苦笑を浮かべて薬瓶を並べはじめている。