白鳥とアプリコット・ムーン ~怪盗妻は憲兵団長に二度娶られる~

 ウィルバーが喋らずとも、オリヴィアはわかりきっているかのように手際よく調薬の準備をしていた。彼女もまたラーウスの古民族ゆえに、心を読む能力でもあるのだろうか……いや、ただ単にジェイニーの手紙から必要なものを推測しているだけのようだ。

「そこにあるのはサンプルよ。媚薬ってヒトコトで言ってもいろんな種類があるわけ。有名なものだと結婚初夜に使われる香油……そう、右側に置いてある小瓶を開けてみて? 大丈夫よ香油は身体に塗らない限り効果がでないから。いい香りでしょ? 特別な薔薇の精油を使っているの」

「……この香り、どこかで」

 香油の入った小瓶の蓋を開いて香りを嗅ぐために鼻を近づけたウィルバーは、ふわりと漂ってきた甘い果実のような花の香りを吸い込んで、凍りつく。

「婚礼を終えた新婦が身体を清めてから、この香油を浴びるように塗って、初夜の床に向かうのよ。何言っているの、ウィルがこの香りを知っているわけ……あら?」
「そ、そうだよな? 気のせい、だよな?」

 ――香油を塗りたくって、真っ白な夜着を着て、寝台の上で待っていた乙女の姿。
< 163 / 315 >

この作品をシェア

pagetop