白鳥とアプリコット・ムーン ~怪盗妻は憲兵団長に二度娶られる~
「ラーウスの古民族はどれも“星”にまつわる姓を持っていますよ。それだけじゃ、なんとも」
「そうだよな~、双子座のジェミナイでも天秤座のリヴラでもない……そういえば、建国時に宮廷魔術師として初代の傍にいたのは」
「アイーダ・ノーザンクロス」
「――白鳥座のノーザンクロス!?」
ハッ、と異母兄弟が顔を見合わせたそのとき。
ガシャン、とマホガニーの作業机の上に飾られていた水色の花瓶が倒れ、硝子が勢いよく割れる。
そのおおきな物音で、黒髪の眠り姫が瞳をひらく。
アプリコット・ムーンという品種の、突然変異体である鈴なりの薔薇が、寝室の床に散る。
ひかりの加減で鮮やかな新緑にも深みある翠にも見える翡翠色のおおきな双眸が、しっかりとウィルバーの空色の瞳を見据え、かたかたと唇を震わせている。
「ノーザンクロス家の、姫君……? 嘘だろ、だって、ノーザンクロスの一族に」
「――娘など、いない……!」
ふん、と目を覚ました怪盗アプリコット・ムーンはそう強がって、ウィルバーとゴドウィンに言い放つ――……