白鳥とアプリコット・ムーン ~怪盗妻は憲兵団長に二度娶られる~
ウィルバーと怪盗アプリコット・ムーンと桃色の媚薬
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「――娘など、いない……!」
ノーザンクロスの一族に、娘はいない――きっぱりと断言した怪盗アプリコット・ムーンの姿に、ウィルバーもゴドウィンも圧倒されていた。
「だ、だがその美しい翡翠玉のような瞳は、北十字星の」
「お黙り。第二皇太子ゴドウィン・スワンレイク。貴殿の意見はさして重要ではないの。わたしは憲兵団長ウィルバー・スワンレイクに捕らえられた怪盗アプリコット・ムーン。古代魔術を扱うちからもすでに亡い、ただの価値なき女よ」
だから別に処刑されても構わないのだと言いたげな彼女を見て、ウィルバーは無性に腹立たしくなる。
正体を探ろうとしただけで拒絶され、自身を犠牲にすべてを終わらせようとしている目の前の美しい女を、捩じ伏せたくなる。
朝方の浴室での甘い口づけはなんだったのだろう。自分を都合よく誑かすための、女怪盗の演技だったのか?
怪盗アプリコット・ムーンはそれだけ言うと、敷布のなかに顔を隠してしまった。まるで拗ねているみたいだ。ウィルバー以外の異性に、こんな破廉恥な格好で顔を会わせ、寝顔を観察された上に正体を探られて……