白鳥とアプリコット・ムーン ~怪盗妻は憲兵団長に二度娶られる~
「こんな状況で……嫌いだなんて、言うわけない……」
じゃらり、と擦れる手首の枷と鎖が邪魔で、彼を上手に抱き締めてあげられないのが辛いけれど、ローザベルは自分のことを忘れた彼に今もなお想われつづけていたのだと悟り、ぽつりと返してしまう。
身体はもう、だいすきな彼とひとつになれたことで、忘れようと思っていたかつての情事を思い出してしまった。
結婚初夜につかわれた香油と同じ香りの媚薬を口移しで飲まされて、初めて肌を重ねたときのような、不器用だけど“愛”を確かめあった記憶が、蘇っていく。
――彼方を護れるのなら、わたしは消えてもいいと思っていた。
だけど記憶を消しても、彼方はまだ、わたしを探してくれているの?
「え」
「だけど、正体は教えられないの……わたしはただの怪盗アプリコット・ムーン。ほんとうの名前など知らなくても、男と女は関係を持てるものでしょう?」