白鳥とアプリコット・ムーン ~怪盗妻は憲兵団長に二度娶られる~
その瞬間、怪盗アプリコット・ムーンの背後で護られていたウィルバーが飛び出し、タイタスに体当たりをする。
「ぐふっ……」
「あったぞ、“烏羽の懐中時計”……! マイケル・コルブスを従わせていたのは、これを持っていたからか!」
受け取れ! と放り投げられた白銀の塊を、怪盗アプリコット・ムーンが両手で受け取り、窓の向こうの満月に向けて、蓋をひらき、文字盤を翳す。
「――や、やめろぉおおお!」
背後でじたばた抵抗するタイタスを無視し、怪盗アプリコット・ムーンはウィルバーの前で魔法を詠唱する。歌うように、軽やかに囁かれた言葉は、怪盗アプリコット・ムーンがローザベル・ノーザンクロスの存在をやり直したときとは違い、穏やかで、怖いくらいに凪いでいた。
「かのもののときよいままきもどれ……」
その言葉が引き金になったのか、文字盤のなかの“稀なる石”たちが輝きだし、室内に無数の光の精霊が生まれだす。
まぶしくて、思わずタイタスを拘束していた手を緩めてしまったウィルバーは、彼が断末魔に似た悲鳴をあげながら怪盗アプリコット・ムーンへ、なんらかの液体をふりかけたことに気づいていない。