白鳥とアプリコット・ムーン ~怪盗妻は憲兵団長に二度娶られる~
ウィルバーが寝静まったか確認するため、寝台の上で古語を唱えれば、さぁっ、と天井に円形の枠が浮かび、水鏡が生まれる。その向こうに映るのは、愛しい夫の姿。
真っ暗な彼の寝室で、豆電球が点っている。よくよく見れば書き物机で書類と格闘しているらしい。報告書だろうか。
「……はやく寝なさいよ」
予告状を送れないじゃないと怪盗アプリコット・ムーンの口調でぽそっと呟き、ローザベルはふたたび瞳をとじる。ついに花の離宮まで到達してしまった。タイムリミットはあとちょっとというところなのだろう。
はやく、魔力を多く保有している“稀なる石”を回収して、魔法をつかわなくては。
けれど、ローザベルがその魔法をつかうときはきっと、ウィルバーを裏切るとき。
いまのノーザンクロス家の事情を知るのはときの王アイカラスただひとり。ローザベルが怪盗アプリコット・ムーンと称して国内で“稀なる石”を盗みはじめたのを知っても、彼がその行為を止めることは叶わない。せいぜい憲兵団を派遣してその邪魔をするくらいだ。
アイカラスとローザベルのあいだに接点はないが、死ぬ間際の曾祖母から警告を受けていた。