白鳥とアプリコット・ムーン ~怪盗妻は憲兵団長に二度娶られる~
一方のローザベルも、ノーザンクロスの一族が隠していた姫君としてお披露目され、自分が自分にかけていた存在を忘れさせる魔法は事実上無効化した。
それでも過去彼女とともに過ごした記憶は戻ってこない。ウィルバーは彼女を初めて見初めたという十歳のことや、政略結婚の後にローザベルの処女を奪った記憶を永遠に取り戻せないのだ。
「いいじゃないですか。わたしがぜんぶ、ウィルバーさまのことを覚えています」
国王陛下から下賜された亡き王妃のティアラ“ヴィオレットユーニ”をあたまに飾り、真っ白な婚礼衣装を着たローザベルはそう言い放ち、ウィルバーの水色の瞳を凝視する。この先、何が起きても起こっても、自分たちははなれない、はなれられないのだからと。
王城へ招かれた司祭の言葉に頷きながらヴェールをあげて、誓いのキスをすれば、緑柱石のような彼女の双眸にうっすらと涙の膜が張る。まるで、ひとりで悩んで怪盗になる必要はないんだよとウィルバーが優しく告げた夜のことを思い出しているかのようだ。