白鳥とアプリコット・ムーン ~怪盗妻は憲兵団長に二度娶られる~

「ウィルバーさまは王国博物館所蔵の“エト・キュイーヴル”、あのプレートに書かれている文字を知っていますか?」
「いや……旧大陸の言葉とは違う古語だってのは知ってるけど」
「あれは、古民族の王様が遺したメッセージなんです……いわゆる恋文ですね」
「ラブレター?」

 赤銅色のプレートに刻まれた古民族の偉人、当時の王が遺したメッセージ。“エト・キュイーヴル”とはすなわち旧大陸のとある国の言語で“夏の銅”と訳される。ひと夏の恋に溺れた王が、ほんの出来心で遺してしまった思い出の断片である。

「“貴女は夏色の太陽、妻には内緒の太陽”……呆れちゃいますよね」
「それはまるで……不倫の証拠みたいだな」

 唖然とするウィルバーを前に、ローザベルはそうですね、と困ったように微笑み返す。
 だけどローザベルはこの“エト・キュイーヴル”に刻まれた言葉を解読した際に、共感してしまったのだ。不倫にではない、この言葉に。


 ――だってわたしは杏色の月、夫には内緒の月……怪盗アプリコット・ムーンだから。


 憲兵団長の夫と怪盗の妻。愛し合うふたりの間にある障害はそう簡単に壊せない。
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