白鳥とアプリコット・ムーン ~怪盗妻は憲兵団長に二度娶られる~
この現実から逃げ出したくて、ローザベルは黒い膝までのぴったりとしたワンピースに黒いヴェールをつけ、“稀なる石”を盗みはじめていた。そう、はじめのうちは上位魔法をつかうつもりなどなかったのだ。ただ、不安を紛らわせるため、彼が王を殺すかもしれない未来への道筋を断つためだけに、“稀なる石”を盗むことにした。
結婚するまで学んでいた魔術をつかって憲兵をからかうのが癖になった。幻術で惑わせて、踊らせて……ノーザンクロスの姫君と呼ばれたおしとやかな淑女の姿はそこになかった。
いつしか赤みがかった月夜の晩に現れる女怪盗はアプリコット・ムーンと名乗りはじめ、憲兵団長である夫、ウィルバーと公然の喧嘩を楽しむようになる。
けれど、相変わらず不確定な未来は視えたままだった。
――夫が王を殺し、大逆の罪で捕らえられ、国民に石を投げつけられながら処刑される……
その映像につづきが視えたのは、“稀なる石”を盗みはじめて一月ほど経った頃。折しも場所はこの、薔薇が咲き乱れている花の離宮の神殿跡地だ。