白鳥とアプリコット・ムーン ~怪盗妻は憲兵団長に二度娶られる~

 アイカラスもまた、ウィルバーに目配せをして、薄紅色のおおきな“稀なる石”がついている聖棺へと歩み寄る。
 ローザベルとの情交の痕は残っていないが、ウィルバーはふとした瞬間に思い出しては頬を緩ませ、慌てて我に却る。

「棺の中身は」
「いまは空っぽだ。かつては妖精王の亡骸が納められていたという……真実は定かではないが」

 魔法が廃れゆくこの世界の背景には百年ほど前より囁かれている妖精王の死が関連しているのだとアイカラスは重々しく告げる。古代魔術を精霊たちに伝播させ、一部の人間へ分け与えたという妖精王。ノーザンクロスやジェミナイなどの一族を辿ると、妖精王の系図に繋がるのだと旧大陸から渡ってきた王は自嘲する。

「歴史のない国家の王家よりも、この地に旧くから棲まう一族の方が、精霊たちから信頼を得ているのだろう。魔法の絶滅したアルヴスでは考えられなかったことだ」

 アルヴスでは創造神たる男神を讃える一神教が主流だが、ラーウスでの宗教は妖精王とその精霊たちが担っている。神は唯一のものではなく、身近な場所に常々存在しているという独特な信仰が根付いているからだ。
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