白鳥とアプリコット・ムーン ~怪盗妻は憲兵団長に二度娶られる~

 彼が一言発する都度、ローザベルの周囲にさざ波が生まれた。
 精霊が彼に味方している? どういうこと?
 無風だった石室内部に舞い上がる砂塵に、ローザベルは瞳を閉じる。バチバチと身体をなぶるように細かい砂がローザベルを襲う。いち憲兵とは思えない彼の攻撃に、ローザベルも戦きながら対抗するが、それよりも早く、次の攻撃が背後から来る。

「怪盗アプリコット・ムーン。これで終わりだぁっ!」
「なっ」

 ガバッ、と空っぽの聖棺のなかからウィルバーが飛び出して、身動きの取れなくなっていたローザベルを背後から押し倒す――!

「……ウィルバー・スワンレイク」
「もう、はなさねぇぞ。覚悟してお縄につけ」

 ――ガン、という衝撃とともに、ローザベルの身体が地面へぶつかる。ウィルバーに抱き締められた状態のまま、一瞬だけ意識を飛ばしたローザベルは、次の瞬間。
 顔を隠していた黒いヴェールを剥ぎ取られ、頤を掴まれてばっちり夫に顔を見られてしまった。


「……――ローザ?」


 翡翠色の瞳が悲しみに揺れる。
 怪盗アプリコット・ムーンの正体を見破ったウィルバーもまた、驚いて何も言えなくなっている。
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