あなたとしゃぼん玉
「…考え直してほしい」
そう言って、23時を目途に彼は帰っていく。
奥さんがいる家に。
生まれたばかりの子どもがいる家に。

その後も何度も何度も交わらない話し合いをわたしたちは繰り返した。
話し合っても解決しないことに気づいていたがいつか折れてくれる、いつか分かったと言ってくれる大矢さんを信じていた。
大矢さんは会社終わりに必ず寄ってくれて、話し合いの時間をくれた。
大矢さんも精神的にしんどかったはず。
ある日、大矢さんは泣きながらわたしに本音を漏らす。
「…子どもは可愛い…。でも、もし朝日がその子を産んでくれたとしても、俺はその子を一生抱くことができひんねんで」
何度話し合っても、一方通行が続いた。
絶望の気持ちのまま、彼が泣きながら吐いた言葉を聞きながら彼を見つめた。

強く雨が降る夜だった。
こんな悲しい夜をあと何度わたしは迎えなければならないんやろうか。

この人、
自分のことばっかりなんやね…。

わたしやって、お腹に来てくれた子は可愛いと思ってるよ…。
…ずるいというか、卑怯だよ、大矢さん。
「夫婦関係はもうずっと良くない…」
初めて話してくれたことだけど、わたしが干渉して良いわけがなく、話を掘り下げることが出来なった。
「…じゃあ…」
もう立っていられなくて、玄関前の廊下に座り込んで、彼の目も見ずにただただ扉が閉まるのを待った。
もう何度泣いただろう。
話し合う日は必ず、下腹部が痛くなった。
「ごめんね…聞きたく無かったよね…ごめんなさい」
わたしの中で、99%の気持ちは産みたいという思いで決まっていた。
でも、残りの1%がわたしを止めた。
わたしは良くても、この子が大人になった時、自分が不倫相手との末にできた子どもだったんだと知ったら?
「お母さんの子どもに生まれなければ良かった!!」なんて言われたら。
わたしは死んでしまうかもしれない。
自分に甘くて、自分がいちばん大事なんだと思った。
「…ごめん…ごめんなさい」
体温がみるみる熱くなる。
身体が痒くてたまらない。
腕を真っ赤になるまで搔きむしった。
わたしなんて、消えてなくなれ。
いなくなれ。
無くなってしまえ。
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