あなたとしゃぼん玉
やり直しをせざるを得なかったわたしは1人暮らしをしていた家を出ることになり、父親しかいない実家へ戻った。
地元に戻ったわたしは再び就活を始め、再就職し、母親とも向き合う努力をした。
しかし、大矢さんを忘れることはできなかった。
毎日、思い出しては泣いた。
その涙は場所を選ばず、通勤の電車内で、最寄りの駅から自宅に帰る原付バイクを走らせながら、浴室内、寝る前…。
誰にも気付かれないように泣き続けた。
涙はこぼれ続けたが、仕事や友達といるときは止まった。
でも、気持ちが緩んだり、独りになると涙腺が緩んだ。

会社にあるテレビで、親が子を虐待して死なせた事件が取り上げられていた。
社内で見ていた女性の上司たちが言った。
「この事件、母親が男を優先して、2日も自宅で放置されて餓死して亡くなったんやって」
「可哀想すぎる。自分で産んだ子より、男取るってなんなん?」
「あり得ないよな」

あり得ない?
どうしてか、他人事には思えなかった。
わたしなら………。


わたしなら、もしかしたらその母親のような行動をしていたかもしれない。
子どもに注ぐ愛情より、男のひとからもらう愛情を優先させる母親になっていたかもしれない。
自分の醜い感情が広がる。
産めなかったけど。
産まなかったけど。
わたしはそういう親たちと同じ分類の人間に入るだろうと思えてならなかった。
「全部の…何もかもの不適合者やね…」
こころでそっと呟く。
誰にも言わない。
誰にも言えない。
誰にも見せないし、誰にも気付かれたくない。

わたしの黒くて淀んでいて、醜い黒の感情。
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