あなたとしゃぼん玉
家の周りに待機している警察官やパトカー、近所の野次馬までいたことが、これは現実なんだと思わせた。

「………すみません。ここの住人の妻です。娘と夫は…中にいますか?」

母はその日、父にも娘にも会うことが出来なかった。

途方に暮れた母はひとまずもと来た道を戻り、家に帰宅するが、その夜、兄から教えてもらい初めて旦那である彼女の父親に電話を掛けた。

『……はい』

「朝日は…?!どこにいるん?!!大丈夫なん?」

何度電話しても繋がらなかったが、5回目にしてやっと繋がることが出来た。

困惑し、今にも泣きそうな母親のその問いかけに父親は低い声で返答する。





『…すまん』

「ちょっと待ってよ…いや、すまんじゃなくって…」

母親の言葉を覆い隠すように父親が声を出した。

『警察のひとが…!!………自殺で間違いないですって。…………亡くなってから…もう、1週間くらい経ってたらしい……。……すまん』

その言葉に母は声を荒げて泣いた。

助かるも何も、生きてと願ったあの時にはもう娘は生きていなかったんだと気づく。

「あー…。なんでぇ……。ちょっと…信じられへんわ…なんでなん…」

母親は大粒の涙を流しながら、何度も何度もフローリングの床を拳で叩いた。

「同じ家に住んどったのに…………なんで…なんで気づけへんかったんよ!!!」

母親は父親を責めた。

そして、自分自身にも怒りを感じていた。

どうして、あんな別れ方をしてしまったのか。

なぜ「言い過ぎてごめんね」って言えなかったのか。




「お願い………。お願いやから帰ってきて……帰ってきてぇよ…朝日…」




たったひとりの娘だった。

もう連絡を取れなかったとしても。

母親と子でいれなくても。

会話や挨拶が出来なくても。




ただ、

どこかで

息を吸って、

吐いて、

この世界のどこかで、

笑って生きてくれていたら良かった。
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