あなたとしゃぼん玉
第三章:願わくば
第三者
彼女の在りし日の全貌を記録する。
京都府に三兄弟の真ん中で女の子としてこの世に生まれた。
小さい頃から可愛らしく、近所の人たちや親戚からも可愛がられていた。
家族思いな反面、独占欲も強く、中でも母親からの愛情を幼い頃から欲していた。
彼女がまだ物心がつくかつかないかの頃、母親が彼女に何も言わず黙って家を飛び出した日があった。
その理由はあとから「友人の結婚式に行っていた為」と判明するが、幼い頃からなぜか母親からの愛情に飢えていた彼女は「捨てられた」と思い込み、疲れ果てるまで父親に抱っこされながらその晩延々と泣き叫んだ。
その時の記憶を泣き叫んでいるわたしと、豆球の電気の下で立ちながらゆする父をひとつの映像として、他視点から見ているような、夢の中で見ているような、第三者的光景だったと言っている。
保育園の頃からよく周りを観察していたようで、弟と参加する親子遠足の時も「お母さんが一緒にいない1人ぼっちになる弟が可哀想やから」とは言わず、「あっちに行って」と母親を弟の元へ行かせるほど、言葉足らずであり、弟思いな子であった。
中学生の頃は「悩んでるひとを1人でも減らしたい」という思いから自身もしんどくなるにも関わらず、友人の喧嘩の仲裁に入ったり、悩んでいる友達の悩みを聞き続けるほどだったが、その姿を家族は一切知らない。
さらに彼女は近所に住む同級生の女友達に小学校低学年の頃から傷つけられることが多く当時から嫌いであったのに「今、この子と仲が悪くなれば、母親同士の仲も気まずくなってしまう」「母や父がこの街に居づらくなってしまう」「ケーキ屋さんを閉店しないといけなくなるかもしれない」などと考え、どんなに嫌いでも、苦手でも、社会人になるまでの間その子と友達を続けた。
彼女はどんなに努力したり、頑張っても満たされない達成感が邪魔をし、自分を卑下していた。周りの者たちは気づかず、謙虚な子や先生からするといい生徒と捉えられていた。
誰も彼女の過剰適応の疑いに気づかず、彼女すらも気づけなかった。
どんなにどんなに頑張っても、満たされない達成感。
わたしは頑張れてない、まだまだ出来たはず。
どんなに褒められても、彼女は首を横に振った。
それがどれほど悲しく、苦しかったことだろう。
彼女の一生を知る上で感じたことは、彼女の母親は彼女に対してだけ、冷たく接しているようだった。
・手をあげたり、叩いてしまう。
・一緒に買い物に行っても、疲れて寝てしまう彼女を炎天下の中、平気で車中に放置。
・彼女にだけ厳しい門限がある。
・その門限を守らなければ、夏の暑い夜でも冬の寒い季節でも家の鍵を開けてもらうことができない。
・彼女と母親が口論になれば、彼女の食器や服、下着が彼女の部屋の前に置かれ、洗ってもらえない、口を聞いてもらえない。
(この点に関して、兄弟は同等の行いをしても許されていた)
・足が太い、臭い、と体臭や体型を馬鹿にされる。
・喧嘩になると「もうお母さん出て行く!」「お母さん居なくなっていいねんな!」と彼女に不安を与えていた。
・小学校の親子参観時、唯一来てくれた母親。同学年の中、1人だけ今日の感想を聞かれた彼女は極度の緊張と母親の前で恥を書いてはいけないという思いの中混乱し、泣き出してしまう。それを見た母親「情けな」と慰めもせず、立ち去る。
・母親は厳しく、育児に関わることが少なかった父親には溺愛されたが、彼女が女性の身体になるにつれ、父親は「胸、おっきくなってきたね」などとデリケートな部分にも配慮のない発言があったり、彼女の部屋にも「家族」だからという理由でノックせず入るような父親だった。彼女の母親の行動、両親が共に子どもに無干渉、家族としての在り方に疑問や違和感を抱え、葛藤しながらも、これらにより彼女は自尊心が低く、マイナス思考、何かをするにあたり怒られることを強く恐れ、完璧主義者に。
幼少期は弟を大事にしてきたが、不足した愛情、兄弟差別、偏った愛情の注ぎ方により、弟に強く憎悪があり、実際に「弟には死んで欲しかったし、殺したいくらいわたしは弟が大嫌い」という発言をしており、妄想なども増え、いつも自分に自信がない子に育っていくことになる。
ただ中絶を経験し、前向きに進んでいた彼女は1回の母親からもらった予想外のことばをきっかけに、親子をやり直そうと母親に歩み寄っている。
京都府に三兄弟の真ん中で女の子としてこの世に生まれた。
小さい頃から可愛らしく、近所の人たちや親戚からも可愛がられていた。
家族思いな反面、独占欲も強く、中でも母親からの愛情を幼い頃から欲していた。
彼女がまだ物心がつくかつかないかの頃、母親が彼女に何も言わず黙って家を飛び出した日があった。
その理由はあとから「友人の結婚式に行っていた為」と判明するが、幼い頃からなぜか母親からの愛情に飢えていた彼女は「捨てられた」と思い込み、疲れ果てるまで父親に抱っこされながらその晩延々と泣き叫んだ。
その時の記憶を泣き叫んでいるわたしと、豆球の電気の下で立ちながらゆする父をひとつの映像として、他視点から見ているような、夢の中で見ているような、第三者的光景だったと言っている。
保育園の頃からよく周りを観察していたようで、弟と参加する親子遠足の時も「お母さんが一緒にいない1人ぼっちになる弟が可哀想やから」とは言わず、「あっちに行って」と母親を弟の元へ行かせるほど、言葉足らずであり、弟思いな子であった。
中学生の頃は「悩んでるひとを1人でも減らしたい」という思いから自身もしんどくなるにも関わらず、友人の喧嘩の仲裁に入ったり、悩んでいる友達の悩みを聞き続けるほどだったが、その姿を家族は一切知らない。
さらに彼女は近所に住む同級生の女友達に小学校低学年の頃から傷つけられることが多く当時から嫌いであったのに「今、この子と仲が悪くなれば、母親同士の仲も気まずくなってしまう」「母や父がこの街に居づらくなってしまう」「ケーキ屋さんを閉店しないといけなくなるかもしれない」などと考え、どんなに嫌いでも、苦手でも、社会人になるまでの間その子と友達を続けた。
彼女はどんなに努力したり、頑張っても満たされない達成感が邪魔をし、自分を卑下していた。周りの者たちは気づかず、謙虚な子や先生からするといい生徒と捉えられていた。
誰も彼女の過剰適応の疑いに気づかず、彼女すらも気づけなかった。
どんなにどんなに頑張っても、満たされない達成感。
わたしは頑張れてない、まだまだ出来たはず。
どんなに褒められても、彼女は首を横に振った。
それがどれほど悲しく、苦しかったことだろう。
彼女の一生を知る上で感じたことは、彼女の母親は彼女に対してだけ、冷たく接しているようだった。
・手をあげたり、叩いてしまう。
・一緒に買い物に行っても、疲れて寝てしまう彼女を炎天下の中、平気で車中に放置。
・彼女にだけ厳しい門限がある。
・その門限を守らなければ、夏の暑い夜でも冬の寒い季節でも家の鍵を開けてもらうことができない。
・彼女と母親が口論になれば、彼女の食器や服、下着が彼女の部屋の前に置かれ、洗ってもらえない、口を聞いてもらえない。
(この点に関して、兄弟は同等の行いをしても許されていた)
・足が太い、臭い、と体臭や体型を馬鹿にされる。
・喧嘩になると「もうお母さん出て行く!」「お母さん居なくなっていいねんな!」と彼女に不安を与えていた。
・小学校の親子参観時、唯一来てくれた母親。同学年の中、1人だけ今日の感想を聞かれた彼女は極度の緊張と母親の前で恥を書いてはいけないという思いの中混乱し、泣き出してしまう。それを見た母親「情けな」と慰めもせず、立ち去る。
・母親は厳しく、育児に関わることが少なかった父親には溺愛されたが、彼女が女性の身体になるにつれ、父親は「胸、おっきくなってきたね」などとデリケートな部分にも配慮のない発言があったり、彼女の部屋にも「家族」だからという理由でノックせず入るような父親だった。彼女の母親の行動、両親が共に子どもに無干渉、家族としての在り方に疑問や違和感を抱え、葛藤しながらも、これらにより彼女は自尊心が低く、マイナス思考、何かをするにあたり怒られることを強く恐れ、完璧主義者に。
幼少期は弟を大事にしてきたが、不足した愛情、兄弟差別、偏った愛情の注ぎ方により、弟に強く憎悪があり、実際に「弟には死んで欲しかったし、殺したいくらいわたしは弟が大嫌い」という発言をしており、妄想なども増え、いつも自分に自信がない子に育っていくことになる。
ただ中絶を経験し、前向きに進んでいた彼女は1回の母親からもらった予想外のことばをきっかけに、親子をやり直そうと母親に歩み寄っている。