この夏、やり残した10のこと
まるで春、新学期のような会話である。もう七月だというのに、一体何を言っているのかと笑われるかもしれない。
けれども、スタートダッシュで挫けてしまったのだから仕方ないのだ。
糸川さんは普段、一人でいることが多い。
他のクラスメートはほとんどグループ化してしまっているし、今更その中に入っていくのも大変だ。だから、というのも少し失礼だけれど、そういった心配のない糸川さんに声を掛けたのである。
「ま、そういうわけでよろしく。ええと……雫チャン?」
未だ呆けたような顔をして黙り込んでいる糸川さんに、薫がやや強引に話をまとめた。
「……雫でいいよ」
「じゃあ、そう呼ばせてもらおうかな。私のことも薫でいいよ」
私も慌てて「遥香って呼んで」と口を挟む。
雫ちゃん。雫。胸中で繰り返し練習して、今度彼女を呼ぶ時はどもらないようにしよう、と一人意気込んだ。
「てか、近江。それいま何の本読んでんの?」
次のターゲットは、私の隣の席の男の子、近江くんらしい。
彼はいつも物静かで、休み時間は読書をしている。第一ボタンまできちっと留められたワイシャツが暑くないのかな、と心配になるけれど、それが真面目な彼の性格をよく表していた。
「ギリシャ神話」