私は1人じゃない



恐る恐る家に入ると、



「遅いよ早く入って」


ママのいつもより低い声が背中をゾクっとさせる。


1歩1歩が慎重に重くなってくる。


リビングに入ると、霧野さんが手をひらひら振ってソファーに深くもたれながら私を迎えた。


「話って…」


「私が今まで杏衣に暴力を振ったことを誰かに言ったの?」


担任の木原先生と保健の真壁先生と朱莉と勇斗さんしか知らないはず。


「そんなに言っていないけどどうしたの?」
「会社の役員にバレて株主総会で社長から降ろされたわ!!どうしてくれるの!!!」


右頬バーン。


痛くて手を当てると、左頬をバーン。


久しぶりの衝撃でこれだけで涙が出て来そうになる。


私が悪いわけじゃない。


私がバラしたわけではないし私がママから離れてからバラしてもなんの意味があるのか。


それにママは今までで一生食べていけるお金を稼いだはず。


どうしてくれるの!!と言ったってママならどうにかなると思う。


それでもママはヒートアップして、髪を引っ張ったり、フライパンでお腹を殴ったりしてくる。


霧野さんは黙ってテキーラを飲んでいる。


ずっとお酒に溺れているのか、広いリビングが酒の匂いで充満している。


勇斗さんが言ったいつでも連絡しての言葉が脳裏に浮かぶけど連絡する気力すらない。


「あんたはママの娘じゃないわ!」


「この親不孝者!!」


「あんたみたいな最低な娘は初めてだわ!」


もう散々傷ついてきて耐性がついていたと思ったのに、言われる度に傷つく。


それに今日は特にママの目が殺意を持っているような目をしていて怖い。


「ママやめて…」


抵抗するには声が小さすぎて全くママに届かない。


ママはなりふり構わず、机の上にあるものを投げていく。


テレビのリモコンからペン立てにティッシュ箱に木の棒でふくらはぎを叩かれる。


細い棒は痛い。


「もうやめて…」
「抵抗しないで!もう黙れ!!」


私はもう何もできない。


ただ叩かれてママのストレスの吐け口に利用されるのが私。


いつの間にか視界はぼやけていく。


一瞬だけど、フワッとした感覚があって、


「もう大丈夫、もう大丈夫だよ…」


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