「みえない僕と、きこえない君と」
「相変わらず、よく食べるねぇ~。羽柴クン」

背後から聞き慣れた声がして体ごと振り返ると、

小さなビニールを手にぶら下げた、同僚の

町田(まちだ) (たかし)が立っていた。

僕の手の中にある丼と皿をゲンナリとした顔で

一瞥し、隣の席に座る。昼休みの食堂は混雑して

いて、僕の目の前の席は、他の会社の人が座っている。

視界の外側でガサガサとビニールの音を立て始めた

彼に、僕は少々ぶっきらぼうに返した。

「町田さんこそ、それしか食べないんですか。

小鳥のエサですか、それ」

彼が取り出したのは、ペッパーハムとチーズが

サンドされたベーグルだ。その隣には、ペット

ボトルのブラックコーヒーが置かれている。

デジャブなのか、昨日も同じものを食べていた

ような気がするけど……。

僕は醤油ラーメンにカレーライスのルーを

投入した、オリジナルカレーラーメンを豪快に

啜った。

麺を食べ終え、残った汁にご飯を突っ込めば

スープカレーになる算段だ。

カレー味が大好きな僕は、うどんでもラーメン

でも、サイドメニューにカレーを頼んで二度

カレー味を堪能していた。

「俺は痩せの小食なの。君は間違いなく、

痩せの大食いだけどね」

あっという間にラーメンを完食し、残った

汁にご飯を放り込んでいる僕を横目で見ながら、

肩を竦める。

僕は子供のころから食欲旺盛で、たぶん、

普通の人の2~3倍は食べる。

なのに、基礎代謝がいいのか、体型はほっそり

としていて、スポーツをやっているわけでも

ないのに背が高い。

町田さんも似たような体型なので、僕たちは

密かに“もやしコンビ”と職場の人たちから

呼ばれているようだった。




「ところでさ、今週末、空いてる?」

僕だったら10秒で食べ終えてしまいそうな

小さなベーグルサンドにかじりつきながら、

町田さんが聞きいてくる。

「空いてますけど。何ですか?」

散蓮華(ちりれんげ)でカレー汁に浸ったご飯を

すくいながら、またもやぶっきらぼうに返した。

「合コンあるんだけど、来ない?大学時代の

友達がセッティングしてくれるんだけどさ。

もう一人くらいいた方が、女の子の人数も

増やせていいかな~、って話してるんだわ」

要するに、頭数要員ということだろう。

以前、何度か彼の誘いにのったことがあるけれど、

主催者の好みなのか、そういう女子しか来ない

場なのか、派手で軽そうな子ばかりなので、

参加しても心ときめくような出会いはなかった。

だから、僕は迷わず首を振っていた。

「やめときます。予定はガラ空きですけど」

「どうしてよ。もしかして、彼女でも出来た?」

そんなことあるわけない、と、わかって

いながら聞いてくるところが天邪鬼だ。

僕は口を尖らせて、背もたれに体を預けた。
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