「みえない僕と、きこえない君と」
現在、折れた鎖骨はしっかりボルトで固定

されていて、あと数日もすれば抜糸できる

と昨日の回診で言われたのだけど、その

ボルトも骨がくっついたらまた取り出さな

ければならないので、完治するまでには

しばらく時間がかかりそうだ。

頭の傷は包帯が外れ、いまはガーゼで軽く

覆ってあるだけだが、事故の瞬間は、頭から

流れ出た血で顔が赤く染まり、着ていた

シャツも右側が真っ赤になっていたらしい。

そんな僕を目の当たりにした弥凪は取り乱し、

泣き叫んでしまったわけだが……

「じゅういひ、もっろらべる?」

「うん、食べる」

あの夜、泣き叫んだことで声を出すことに

対する抵抗が薄れたのか、弥凪はこうして

僕たちの前でだけ、喋ってくれるようになった。



-----災い転じて福となす。



と、言うにはあまりに災いが大き過ぎたが、

弥凪の声が聞けるようになっただけで、

やはり人生は辛いことばかりではないのだと、

密かに思っている僕がいる。

「でも、本当に助かって良かったね。わたし、

二人が事故に遭ったって聞いた時は、本当

に心臓が止まるかと思ったんだから」

咲さんが胸の前で手を重ね、首を振る。

町田さんも、その言葉に神妙な顔で頷き、

応接セットに並んで座る僕たちを、しみじみ

と見つめた。

「二人とも、命があって良かったな。本当に」

その言葉が町田さんの口から出るのも、

たぶん3回目くらいだ。

彼らは、僕がこの病室に移った翌日から

何度もお見舞いに来てくれていて、その

度に、町田さんはこのひと言を“呪文”の

ように言ってくれるのだった。

今日は休日ということもあって、昼過ぎ

からこうして4人でお茶を楽しんでいる

のだけど、弥凪は仕事帰りに毎日寄っ

てくれるし、父も母も交代で毎日顔を

出してくれている。その合間に、弥凪の

母親が飲み物やデザートを沢山差し

入れてくれるので、この広々とした病室

に僕が一人きりになることは少なかった。







「そういえばさ、今日は二人に報告が

あって来たんだわ」

唐突に、弥凪の母親が差し入れてくれ

たダージリンティーを飲みながら、町田

さんがそんなことを言った。咲さんと視線

を交わし、頷き合う。

「え、報告って……何ですか?まさか」

“授かりました”とかいう、おめでたい

報告だろうか?二人の付き合いは、

僕たちよりも短いはずだが……

僕は弥凪と顔を見合わせると、さまざま

な想像を巡らせながら、言葉の続きを待った。

「実はさ、俺、仕事辞めることにしたのよ」

「????」

思いもよらないそのひと言に、僕たちは

二人して目が点になってしまう。

が、その言葉の意味を理解した瞬間、

僕はここが病室であることを忘れ、

思いきり声を上げてしまった。
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